お腹すいてない? | ナノ



人参のポタージュ
=====================

なんなのよ。なんだってのよ。


アパートのキッチンで玉葱と人参をこれでもかというくらい適当にザク切りしながら、今朝見た光景が浮かんでは消え、浮かんでは消え、どうにも言い表せない気持ちがグルグルと渦巻く。なんだこれ。なんだこの煮え煮えの気持ちは。

そう。それは今朝の出来事。朝早くから実家の用事のため、大学の最寄り駅に住んでいる身としてはめずらしく電車に乗ったわけですよ。で、通勤ラッシュのピークは過ぎていたものの、そこそこの人混み。そんな中、よく気がついたもんだなあと思うのだけれども、電車に乗り込む瞬間に隣の車両から山口くんが降りてくるのが見えたのだ。

そういえば昨日、明日は1限から病理の補講受けるとかなんとか、狭川くんと二人で話をしていた気がする。

ホームに降りた山口くんは、そのまま人混みに紛れて階段に消えていくわけではなく、少し人波を避けた場所に立ち止まり動き出す電車に向かって右手を軽く上げた。

特に深い意味などはなく、なんとなく興味がわいて隣の車両を覗き見ると、スーツこそ着ていないものの、明らかに学生ではなさそうな綺麗なお姉さんが、少し照れたような笑顔を山口くんに向けて小さく手を振っていた。

台風一過。昨日の豪雨とは打って変わって、今日は朝から雲ひとつない青空だというのに彼女の手元には雨傘。

へえ、、、、、。

山口くん一人暮らしだっけ?彼のマンションに泊まったのかしら?それともどっかに二人で泊まったのかしら?平日だってのに、よくやるわ。

そんな下衆な事を考えながら電車に揺られる。ガタンゴトン、ガタンゴトン。

ああ、そうか。

彼女がいたのか、山口くん。
そりゃいるか。うん、そうだよね。

そう。

そうだよねー。

そりゃそうだよね、と心の中で呪文のように唱え続けて早半日。家の用事と午後の講義を条件反射のみでこなし、早々にアパートに帰ってきて今に至る。

鍋にオリーブオイルを入れると、適当に切られた人参と玉葱をザラザラと入れて炒めていく。玉葱が透き通ってきたあたりで、予め沸かしておいたお湯を野菜たちが隠れるくらいまで投入。顆粒のコンソメに、ローリエ、塩をひとつまみ入れるとコトコトと煮込んでいく。

綺麗な人だったなー。やっぱり山口くんくらいになると、あのくらい細くて上品な感じのお姉さまじゃないとダメなんだろうか。ああ、そういえば最近わたし太った。試験勉強のお供についつい色々食べてしまって、何やらムクムクしている。

濃厚なポタージュを作るためにわざわざ生クリームまで買ってあったのだけれども、予定を変更。少量の生米を洗い鍋の中に投入。そのままリゾットのように柔らかく煮込んでいく。バターや生クリームなんかは一切使わずに、お米でとろみを出すことにしよう。こんなことくらいで大してカロリーは変わらないだろうけれど、なんというか、ここらへんは気持ちの問題だ。

鍋を放置しながらキッチンで勉強の続き。来週からはじまる解剖学実習での口頭試問対策プリントが二周目に差し掛かったあたりで、一度火を止め、ローリエを取り出してからハンドミキサーを鍋に突っ込むとガーッと全てを粉砕する。

粉砕、、、粉砕してやる!!
固形物は全て鍋から駆逐してやるっ!!

ちくしょう!こんなに忙しいのに、覚えなくちゃならないことたくさんなのに、彼女とお泊りとはいいご身分だなあ、山口!!

心の中でわけのわからない悪態をつきながらハンドミキサーをグルグル回していると、気がつけば鍋の中の固形物はすっかり姿を消しトロトロのペースト状になっていた。

牛乳を加えてペーストをポタージュ状にのばしてから、塩、コショウで味を整え、もう一度ガスコンロの火をつける。

そういえば、この大学に入ってからというもの、課題やら試験やらに追われて、彼氏どころかデートすらしていない。オシャレやお化粧すら縁遠い状態だ。彼氏。彼氏欲しいなあ。わたしだって朝帰りとかしてみたい。作ったご飯を一緒に食べて、おいしかった、ごちそうさま、とか言われたい。

ううーん。彼氏欲しいよう。

はっ!そうか!朝からモヤモヤと積み重なっていたこの気持の正体は、欲求不満か。単にそういうことか。ふむふむ、なるほど。そうだよね、うん、単にそういうことだよ。

なんとなく納得のいく解を見つけたような気になりつつ、ティースプーンで鍋の中からスープを掬い、味見をする。

うん。今日も、おいしいじゃないか。
一人で食べるのはもったいないくらいに。

*****

午後の講義後、相変わらずのメンツで週明けの実習後に行われる口頭試問対策をやっていると、茉希が「これの傾向と対策をまとめたプリントを、確か史緒が先輩から譲ってもらってたはず」と言い出したのでみんなでぞろぞろと長尾のアパート(=川端サンのアパート)まで歩いている。

「そういえば史緒ちゃん、今日はさっさと帰っちゃったよね。
「ああ。なんか、朝から実家の用事だとかでバタバタしてたから疲れてたんじゃないの?」
「おい、つか、誰か電話入れたのかよ?」
「そうだな。家にいないかもしれないし、一応電話しとく?」

そこは、出る前に確認しておけよ、、、

すっかり日が落ちるのが早くなった夕暮れの道。妙に明るいコンビニの角を曲がれば、すっかり通い慣れてしまった川端サンのアパートが見えてくる。

「うん、、、うん、そう解剖実習の口頭試問、、、あ、やっぱり?今から行って大丈夫??うん、茉希と長尾と山口も一緒。そうそう。あー、、、、、そうなんだ。え?ああ、うん、いいと思うよ。まだ食ってないから行こうぜ。つか、、、大丈夫?いや、うん。それならいいんだけど。はいはい。あと1分で到着。はいよー。」

なぜだか電話をした狭川の様子がおかしい。

「どうした?川端サン、なんだって?」
「いやー、家にいるから取りに来いって。あと、なんだか落ち込んでたっつうか、荒んでるっつうか。」
「はあ?」
「あ、あと、裏の中華屋が今日は餃子半額デーだから、後で食べに行こうって。」

「行くいくー。あそこの餃子美味しいよね!」とマイペースな茉希がはしゃいでいる中、押し黙る意外と小心者な男性陣。

「あれかな?家の用事ってもしかして、なんか身内のご不幸だったとか?」
「いやいや、今日、午後の講義にえらく明るい色の服着てたぞ。」
「あの格好でご不幸はないわな。それに法事なら午前中だけじゃすまねーだろ。」
「じゃ、なんで荒んでんの、あいつ?」
「だーかーらー、それを今考えてんだろーが。」
「めんどくせーな。んなもん、ここでオレらが考えてたってしょうがねーだろうが。」

二の足を踏む他の連中を置いて、一人でアパートの階段に足をかける。

「中華屋行くんだろ?もうこのまま行こうぜ。ちょっと呼んでくるわ。」
「あ、、、ああ、よろしく。」
「おい!山口、くれぐれもデリカシーのないことはしてくれるなよ!!」
「あ?」
「いや、お前には何も望むまい、、、」

心配そうに上を見上げる2人と、いつの間にかコンビニに買い物に行ってしまった茉希を見下ろしながら、インターホンを押す。

ピンポーン

「はーい。」と言ってすぐにドアが開いたので、おそらく川端サンはキッチンで料理でもしていたんだろう。そして、オレの顔を見上げて「あ、山口くんだ。」とつぶやくと少し眉間にシワが寄った。

「なに?なんかオレに文句でもあんの?」
「いや、、、別にそうじゃないけど。みんなは?」
「このまま中華屋行こうってさ。下で、というかコンビニ寄って待ってる。」
「そっか。わかった。すぐ用意するから入って待ってて。」
「ああ。」

キッチンでは、何やら鍋が火にかかっている。部屋中に広がるコンソメのいい香りに、急に腹が減ってきた。

「なあこれ、晩飯じゃないの?餃子なんか食いに行ってていいわけ??」
「ああ、それは明日の朝食べる用。」
「朝飯か。」
「、、、山口くん、味見だけでもしていく?」
「へ?」

オレが答える前に、川端サンが鍋の蓋を開け、小さなレンゲにトロリとしたポタージュをすくった。

オレンジ色の鮮やかなポタージュ。すごく嫌な予感がする。

「これ、、、もしかして。」
「人参のポタージュ。どうぞ?」
「・・・・・。」
「え、もしかして、山口くん人参食べれないの?」
「は?そんなことあるわけねーだろ。」

本当は人参だなんて名前を聞くのも嫌なくらいなのだが、なんとなく言い出せずに、そのオレンジ色の液体が入ったレンゲを受け取る。

南無三!!

息を止めて口にした、そのトロリとしたポタージュは、今まで食べたことのないような優しい味がした。

「あ、、、うまい。(オレ、人参食べれた!?)」
「ほんと?」
「ああ、トロッとしてるし、もっと重たいかと思ったら、案外あっさりしてるのな。(オレ、人参食べれてる!)」
「クリームもバターも使わずに、お米でとろみつけてるからねー。すっごいヘルシーなのよ!」
「ふうん?」
「そっかそっか。おいしいか!ふふーん。」

さっきまでは確かに少し荒んだ感じだった川端サンだったが、今はもういつもの彼女に戻ってきている。
イソイソとプリントの束を鞄に詰め込む彼女を眺めながら、行儀悪くも直接鍋からポタージュをもうひと掬い。

それにしても、いつの間にか人参まで食えるようになっていたとは。
さすがオレ。

まあ、そもそもオレに苦手なものとかないからな。
子供じゃあるまいし、ニンジン嫌いとか、ねーわ。そうそう。

彼女の料理だから、というわけじゃ、ないはず。


prev next
back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -