かぼちゃの煮付け
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居残りで担当のシケプリ作りをしていたせいで、すっかり辺りは真っ暗だ。そして、目の前の校舎脇から、ヨタヨタとかぼちゃが歩いてくるのが見える。
そう。かぼちゃが歩いてくるのだ。 疲れたきった頭でぼんやりと反芻。
かぼちゃ、、、?
だんだん近づいてきたそれは、小柄な女の身体に、3つのかぼちゃがチョコンと乗って、、、ってちげえよ!!!
「おい、、、なんだそれは。」 「え?あれ??山口くん!?まだ残ってたの??」
そう言ってかぼちゃの影から顔を出したのは、予想通り川端サンだった。
「なに?また農学部?」 「そうそう、今度はカボチャ。立派でしょー。」 「立派すぎて、あんた埋まってるじゃねーか。」 「そうなのよ、ちょっと欲張り過ぎたわ。一つにしとけば良かった、、、」
はあ、と盛大にため息をつきつつ、川端サンからかぼちゃを2つ奪い取る。
「一個は持てよ。ほら、行くぞ。」 「え?持ってくれるの?もしやうちまで??」 「当たり前だろーが。オレはいらん!」
そして「一つ持ってくれれば十分だよー。」と言いながら差し出した川端サンの手のひらに、何か文字が書いてあるのが見えた。
「"中2のお嬢さんが碁をした"、、、ってなに?」 「え!あ、これ!!うわあ、恥ずかしい、、、」
顔を真っ赤にして手のひらを持っていたかぼちゃに隠した川端サンに、「まあ、とりあえずオレが2つで、あんたが1つ。な。」と言えば、赤い顔のまま「ありがとう」と頷いた。
「で、なんなのそれ。」 「えーと、語呂合わせ。さっき先輩に教えてもらったやつなんだけど、メモがなくて手に書いてたの忘れてたわ。」 「へえ。」 「肺の区画の覚え方で、”中葉が2つ、上葉が3つ、下葉が5つ”っていう。」 「ああ、なるほど。」 「いやあ、お恥ずかしい、、、」 「そうか?語呂合わせでもなんでも覚えられりゃそれでいーんだよ。だいたい解剖学実習始まってから、覚えることの量が異常だろ。人間の記憶力のキャパ越えてるっつの、」
そこまで言って、歩みが遅くなった川端サンを振り返ると、こちらを目を見開いて見つめている。
「、、、なに?」 「い、いや、なんか、なんか以外だなあって!」 「はあ?」 「ほら、山口くん達は頭がいいから!わたしなんかと違って、きっと余裕で覚えられてるんだろうなって、、、」 「”達”って、狭川とか長尾とかと一緒にしてんの?」 「う、うん。あともちろん茉希ちゃんも。」 「あいつらはちょっと異常だよ。なんで浪人してたのか、まったくわからねえ。」 「ああ、それはね、狭川くんは現役のときは部活で忙しくてまったく受験勉強してなかったから一浪で、長尾くんは二年連続でセンター試験前にインフルエンザ。茉希ちゃんは、留学してた関係上一浪だって。」 「あー、、、そうなんだ。」
なるほど。なんか、すげえ納得。
東大医学部にいる学生は大きく分けて二種類いて、死に物狂いで勉強してきた凡人と、大して勉強しなくてもできてしまう天才。それこそ、教科書を一度読めば完全に理解し、要点は全て覚えられてしまうような、ハルみたいなヤツら。
あの3人は、どう考えても後者だったので、浪人していることが腑に落ちなかったのだ。
なるほどね。
で、高1から受験対策に勤しみ、ギリギリでなんとか滑り込んだようなオレはどう考えても前者であるわけだが、そんなことはどうでもいいというか、別にそれに劣等感を持つつもりもなく。
そもそも東大医学部を卒業したところで、勤務医なら最初のうちは年収300万くらいなもの。あと何年間かくらいついて国家試験さえ通れば、その先に院長の座が決まっているオレが本当の勝ち組だ。
ふと、隣を歩く、川端サンに視線を移す。
お世辞にも頭が良さそうには見えない。こいつもきっと、オレ以上に高校時代には死に物狂いで勉強してきたんだろうな。ただ手先が器用というだけでなく、とてつもない努力家だと思えば、今まであまり眼中になかった彼女のことを少し尊敬できるような気もしてくる。
そして彼女も、国家試験さえ通ればその先は、凄腕の外科医として大成するんじゃないかとなんとなく思っているんだ。
「ま、がんばれよ。」 「え?ああ、うん。」 「で、他にはないの?」 「ん?」 「語呂合わせ。」 「あるある!山口くんもぜひ!!えっとねー、呼吸器系だと他はねー、、、」
嬉々として、珍妙な語呂合わせを唱え始めた川端サンに苦笑いしながら、コンビニの角を曲がれば、そこは彼女のアパートで。
なんだかんだと、何度も上がっているその部屋に、居心地の良さを感じているのもまた事実なのだ。
***
せっかく運んでもらったカボチャを、手早く試食していただきたい!というわけで。
「で、何作るわけ?」 「カボチャの煮付け!」 「煮るだけか、、、」 「何?なんか文句あんの??」 「いや、いいわ。あんたに凝った料理を期待する方が間違いだった。」 「失礼な!!」
料理なんてあれよ?素材さえ良ければ、煮たり焼いたりするだけで十分に美味しいわけですよ!凝った料理やオシャレ料理がなんぼのもんっすか!!
憤慨しながら、包丁でザクっとカボチャを切っていく。なかなか堅いので四割にするだけでも一苦労なのだが、なんとか一口大に切り分けて皮の痛んだ部分なんかもそぎ落とした。
その間、山口くんはというと特に何をするわけでもなく、出された麦茶をチビチビ飲みながらこちらの作業を眺めている。そういえばいっつもこの人見てるよな。もしかして、お料理するの好きなのかしら?
「、、、山口くんもやる?」 「やらねえ。」 「あっそ。」
違ったようです。
切ったカボチャを綺麗に洗い、行平鍋に並べたら全部かぶるかかぶらないかってくらいの位置までお水を入れて、火にかける。
「まあ、聞くだけムダだとは思うけど、出汁とかねーの?」 「ここに、鰹節を直接入れちゃって出汁をとります。」 「おいおい、そんなバサバサ直接入れて、後でどうやって取り出すんだよ!」 「取り出さないわよ。鰹節なんだから、一緒に食べればいいじゃない。」
呆れた顔の山口くんは置いておくとして、、、煮立てながら、砂糖とお醤油も投入。
「何それ?」 「これ?砂糖。」 「それが??」 「煮物には普通のお砂糖よりもザラメを使うと美味しい気がするので、我が家ではいつもこれ。中ザラ。」 「で、今入れたのは?」 「何言ってんのよ、醤油でしょ?」 「二種類とも??」 「そうそう。薄口と濃口。なるべくいろいろ混ぜた方が、なんとなく美味しい気が、」 「こないだポン酢一本で全てを済ませた人間が、何言ってんだよ。」 「む。ポン酢はもともとたくさん混ざってるじゃない。研究者達が研究に研究を重ねて見出した配合でね!!」 「はいはい。」
落し蓋をした行平鍋をぐつぐつと強めに煮立てている間、自分の分の麦茶を注ぎながら山口くんに向き直ると、彼は冷蔵庫に貼ってあった暗記用語呂合わせポスター(もちろんわたしの自作)を眺めているところだった。
「"肺化膿症は、緑のブドウが大嫌い"?」 「ええと、肺化膿症の原因菌は、緑膿菌、ブドウ球菌、大腸菌、嫌気性菌。」 「"個室につきあたって"は?」 「あ、それは耳小骨の並び順なの。外側から鼓室、ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨。」 「"グラニュー糖でべっとり"?なんだこれは。」 「中耳炎の合併症!Gradenigo症候群、急性乳様突起炎、乳突洞炎、耳性頭蓋内合併症、Bezold腫瘍。」
きっとまだ呆れた顔してるんだろうなあと思いながら彼の顔を覗きこむと、以外なことに真剣な顔つきでアホくさい語呂合わせを眺めていた。
「あの、、、役に立ちそう?」 「まあ、一部は、な。」 「もっとバカにされるかと思ってたわ。」 「いや、別に、、、」
綺麗な細い指先で、紙の文字をなぞりながら山口くんが続ける。
「オレは、あいつらと違って天才じゃないからな。こうやってチマチマと語呂合わせでもなんでもして覚えてくしかねーんだよ。」 「おおっ、わたしと一緒じゃないか!!」 「、、、あんたと、一緒にすんな。」
くそう。なんだよ、それ! って、、、まあ、そうだよね。山口くんは天才じゃないとしても秀才だ。わたしみたいな凡人とは違う。
程よく煮詰まったカボチャの煮付けに仕上げのみりんを垂らし、一煮立ちさせてからコンロの火を消した。
「ま、いいよ。山口くんとは違ってわたしは凡人ですからね!みんな以上の努力を惜しみませんよ!でも、お医者さまになったら見てなさいよ?もう、すんごいオペとかこなして、"神の手"とか言われちゃうんだからっ!!」
鼻息荒く大風呂敷を広げるわたしを無視して、山口くんは菜箸で小さめのカボチャをつまんでポイッと口に入れる。
「美味い。」 「でっしょー!」 「あとさ、」 「なに?」 「期待しとくわ、神の手。」
ビックリして見上げた山口くんの顔は、偶然か意図的にか、そっぽを向いていたので表情が見えなかった。
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