茄子と豚バラのポン酢炒め
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「愛想ない女って、誰が?」 「は?だから川端サンの話だよな?」
学内の掲示板前で会ったクラスメイトの長尾(ずいぶん老けてると思ってたら、案の定、二浪だそーな)と二人で教室に向かって歩いていると、ふと、こないだのレポートの話になり、自然とパートナーの川端サンの話になった。
「そんなことないだろー。あの子、可愛いよ?すごく感じもいいし。」 「は?あれが?」 「部内の女子の中じゃ一番人気のはず。」 「医学部飢え過ぎだろ、それ。」 「お前なあ、、、でも、まあ、そう思うならあれだ。お前に対しては愛想ないってことだな。」
そう言ってニヤリと笑った長尾の言葉に、ムッとしながら教室の扉を開けると、中には噂の張本人、川端サンが無印良品の紙袋を持って立っていた。
「あ。長尾くん、山口くん、おはよう。」 「ん。史緒ちゃん、おはよー。」 「・・・・・。」
史緒ちゃん!?、、、だと? なんだよ、長尾、こいつとそんなに仲いい訳?
なぜだかイラッときたものの、それよりも何よりも川端サンの持っている紙袋が気になる。どうにも気になる。なぜなら、紙袋の中身が、あり得ないことに溢れんばかりの茄子だからだ。
「で、、、何それ?」 「え?何って、茄子だけど??」 「それは見りゃわかる。」
「へえ。無印って茄子売ってるの??」と、長尾がしらっと返しているが、売ってるわけねーだろーが。アホか。川端サンもそれには完全スルーで淡々と事の成り行きを説明し始めた。
「なんかね、さっき農学部のハウスを眺めてたら、出てきた先輩達がくれたの。たくさんあるからどーぞって。」 「茄子を?」 「そう。茄子を。山口くんは茄子好き?」 「はあ?」 「やっぱりシンプルに焼き茄子かなあ、、、干し茄子にして甘辛炒めってのも捨てがたいし、、、」 「俺、焼き茄子食いたいなあ。生姜醤油で、こう。ビールと。くー!!」 「ん?長尾くんも食べる?長尾くんの分も焼いたげるよ。」 「お、サンキュー。」
食べる?サンキュー。じゃねえっつの!なんだよ、それ。夫婦の会話か!?
そしてよく見てみれば、確かに川端サンは笑っている。愛想よく、感じよく。レポート書いてた時とは大違いだ。もうこうなってくると何もかもが面白く無い。って、そうじゃなくて!問題はそこじゃなくて!!
「おい、ちょっと待て。」 「ん?山口くんも焼き茄子派?」 「そうじゃなくて、、、あんたはどうしてそう、ホイホイ男を部屋に上げるんだ!もっと危機感を持て!!」 「?、、、ああ、違う違う。長尾くんは理V時代から同じアパートなんだよ。」 「は?」 「そうそう。さすがに部屋まであがったことはないけど、お裾分けとかで行き来はしてるくらいの感じ。」 「ねー。」 「で、山口はあがったわけか。史緒ちゃんちに。」 「うん。こないだのレポートうちでやったから来たことあるよ?」
へえー、と、意味ありげな視線をこちらに寄こす長尾から目線を逸らしつつ、、、自分がかなり余計なことを言ったことにようやく気がついた。
「じゃ、今日は俺もあーがるっ。」 「ちょっと待て!!」 「え?わたしは別にいいよ?」 「おい!あんた、さっきの話聞いてたのか!?」 「心配なら山口も来ればいーじゃん。」
ジッとこちらを伺う、四つの瞳。
「、、、行く。」
くそっ。どうしてこうなる、、、
***
先月一緒にレポートをやって以来、挨拶くらいはする仲になった山口くんが、またうちに来た。
農学部の先輩方に大量の茄子を頂き、クラスメイトの何人かがそれをツマミに飲もうと盛り上がり、男女合わせて総勢四名が我が家にやってきたのだ。
同じアパートに住む長尾くん、クラスメイトの茉希ちゃん、狭川くん、そして山口くんというメンツ。はっきり言って、かなりレアな組み合わせ。奇跡の飲み会!!
それは、まあ、置いておいて、、、わたしがせっせと魚焼きグリルで大量の茄子を焼き、茉希ちゃんがそれを冷水に取って皮をむく。流れ作業でどんどん作られた焼き茄子が、バットに敷き詰められ、すりおろした生姜と、刻んだネギを散らされた様子は圧巻だった。ブラボー!!
買ってきた漬け物やお惣菜と共に机に並べると、とりあえず乾杯!と、缶ビールを開けた。
「あれ?俺らはともかく現役組の2人はいいの?」 「わたし?ちゃんと二十歳越えてるよ?」 「、、、オレも、5月生まれなんで。」
ボソッと山口くんがそう答えるのを聞きつつ、「そうか、山口くんって同い年なんだ。」なんてことに今更気がついた。タメだと思うと急にハードルが低くなり、ついついジトッと顔を見てしまう。
そういえば、こないだはなんだかんだ言っても炒飯を綺麗に平らげ、きちんと手を合わせて「ごちそうさま」と言っていた。
ご飯を綺麗に食べる人は好きだ。
「、、、なんだよ?オレの顔になんかついてんのかよ?」 「え?いや、別に。」 「それにしても茄子だとか、漬物だとか、地味なもんばっかり、、、」 「おお、そうだ!忘れてた!!」
そうそう、忘れていましたよ。もう一品温かいものを食べたいと思ってたんだった。
「ちょっと失礼」と立ちあがり、座ってるみんなの間をぬってキッチンに移動すると、さっき一口大に切って、水にさらしていた茄子をザルに引き上げ、中華鍋にごま油を垂らしてガスコンロの火をつけた。
「まだ何か作んの?」と言いながら、すでに空いた缶ビールを片手に山口くんがキッチンにやってきたので、冷蔵庫を開け、新しいビールを手渡す。
「うん。さっき豚バラ買ってきたじゃない?」 「ぶたばら?」 「そう。それとね、茄子をね、」 「って、また茄子かよ!!」 「そりゃそうよー。まだまだあるんだから、新鮮なうちにどんどん食べてもらわないと!」
ブーブーと文句を言いながらもわたしの背後で新しい缶ビールを開ける山口くん。何を作るか気になるのか何なのか、そのままキッチンに居座るようだ。
そんな彼はひとまず置いておいて、再度冷蔵庫を開け、さっき帰りに近所の精肉店で買ってきた本日の特売であるところの豚バラ薄切りを取り出す。ええと、だいたい5センチくらい?適当な大きさに切って、と。そいでもって、これをごま油を熱した中華鍋にドーン!肉同士が離れたかなーくらいのところで、ザルにあげてた茄子をドーン!!
「、、、川端サン、こないだも中華鍋振ってたよな。」 「そうね。だいたいの料理はこれでなんとかなるわね。」 「つか、めちゃくちゃ大雑把じゃね?肉に下味とかないわけ?」 「ない。では、ここで味付けー。」 「おい!あんた、話聞けよ!!」
不機嫌金髪王子はシカトしつつ、冷蔵庫をもう一度開いて取り出したるは、、、最終兵器ポン酢!
「じゃじゃーん。ぽーんーずー。」 「はあ?」 「これを、かけます!!ジャー!!!」 「それで?」 「え?それでって?」 「いや、それで終わりかよ。」 「うん。」 「はあ!?」 「やーねー、西原理恵子も焼いてポン酢かければだいたい美味いって本に書いてたよ?」 「漫画だろーが!!」 「そしてー、味がきちんと染みるようによく混ぜて、ちょっとばかし煮詰めて、、、よし、できた。」 「おい!味整えるとかは?」 「しませーん。」
でも、まあ、確かにポン酢一発で味付けっていうのは、乱暴なようだけれども、、、でも美味しいのだからしょうがない。ほとんど必要ないのだけれども、念のため味見。もぐもぐ。おおー、豚バラの油と、火が入って軽く煮詰まったとろりとしたポン酢が合わさり、そこにごま油の香ばしさがこう、、、うん。最高だ。それを茄子がぐんぐん吸ってくれるのだから、不味いわけがないじゃないか。
フォークを取り出し、肉と茄子を一切れずつ刺すと山口くんに差し出す。
「はい。」 「何これ?」 「味見。」 「・・・・・・。」 「どう?」 「、、、ウマい。けど、な、なんだ?こんな適当、手抜き料理のクセに、、、」
複雑な顔をしながらブツブツと言う山口くんを横目に、ドカッと中華鍋から大皿に盛ると、これまた大胆に削り鰹節をファサッとのっける。
「さ。持って行ってくーださーい。」 「は?オレが?なんで?」 「ええー、じゃあ、なんのためにそこで待ってたの?わたしとお喋りしたかったの?」 「、、、ビール取りに、と、料理を取りにだよ!!」 「だよねえ?」
ちっ、と舌打ちしつつ、大皿の横にたれた肉汁を拭けだのなんだのと文句をつけつつ、山口くんが大皿を持って隣の部屋に消えていった。
包丁とまな板だけは使ってすぐに洗いたいので、それを目線だけで見送ると、シンクに向き直る。ふふふ。山口くんはやっぱりちょっと面白い。
ニヤニヤしながらスポンジを握って、白い泡を立てつつなんとなく思い浮かんだのは、教科書のように正しくお箸を持つ、山口くんのあの綺麗な指先だった。
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