お腹すいてない? | ナノ



レタスと卵の炒飯。
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週明け提出予定の課題を終わらすためとはいえ、どうしてオレがクラスメイトの、しかも女の一人暮らしのアパートに行かなくちゃならねーのか。

ふんふんと鼻歌を歌いながら、オレを先導して商店街を歩くこの女。川端史緒。よくもまあうちの学部に入れたものだというくらい、さえない。クラス内では特に頭がいいわけでもなく、そして、顔がいいわけでもなく。まあ、ブスではないけれども中肉中背、中の中だ。何よりも医学部なんて来てる女だからな。ちょっと変わり者っぽい雰囲気がプンプンとする。愛想もよくない。

何にしろ、今回の課題で組むことにならなければ、きっと話もせずに終わっただろうと断言できるほど、パッとしない女。

そんな女の家に、だ。

「どうしてオレが、、、」
「ん?なんか言った??」
「いや、別に。で、まだつかないわけ??」
「あそこのコンビニ曲がったら、すぐだよ。もうちょっと。」

コンビニか。そういえば、さっきから川端サンが、散々腹が減ったと泣き言を言ってた気がする。きっとお茶すらないような家だろうし、オレも飲み物だけでも買っていくか?

「なあ、腹へってんだろ?コンビニ寄ってこうぜ。晩飯の買い出し。」
「え?いいよ。食料なら家にあるし。飲み物もコーヒー紅茶くらいなら出せるよ?」
「ふーん。なに?飯、作ってくれるわけ?」
「あ、もちろん山口くんが嫌じゃなければ、だけど。」

へえ。なにそれ。

家に誘って、飯作ってって、、、家庭的な女アピール?ふーんふーん。まったく眼中にないみたいな顔してたくせにねえ。へえ。

「これってもしかして、オレ、誘われてんの?」
「なっ!バカなこと言わないでよ!!」
「あれ。違うわけ?」

ニヤニヤとしながら川端サンを見下ろしていると面白いくらいにうろたえる彼女。先ほどとは形勢逆転で非常に気分がいい、と思っていたのだが、、、

「もちろん、食べなくてもいーのよ!単に、冷ご飯の量が多めにあるから早めに食べちゃいたいなあってだけで、」
「は?」

あ?なんて言った、今。

「え?だから、冷ご飯の、、、」
「冷ご飯って、オレに残りもん食わせる気かよ!」
「や、もちろん、炒飯にしますよ!温かいですよ!」
「温かさの問題じゃねえ!!」

男を家に呼んで、昨日の冷ご飯で炒飯!!女の家に上がって、手料理が炒飯だったことがあるか?ないわ。あるわけねーわ。

「炒飯の何が問題なのよ。あれなの?山口くんくらいのボンボンともなると、炒飯食べない、とか?」
「や、炒飯は普通に食うけど。」
「じゃ、いいじゃん。」
「いや、そうじゃなくて、普通もっと、こう、若い女なら他にあるだろうが。」
「例えば?じゃ、山口くんが最後に女の子に作ってもらったご飯って何よ?」
「えー、、、女に?なんだ?パスタ、、、とか?」
「パスタ!!何の!?」
「なんだっけ、、、キャベツとアンチョビ?」
「キャベツと!アンチョビ!!あら美味しそう!!!」
「あんた、なあ、、、」
「あ、ごめんごめん。でもさ、炒飯もきっと美味しいから。」

ね?と笑って、靴のかかとをカンカンと鳴らしてアパートの階段をリズミカルに登っていく。

初めて見た彼女のレアな笑顔に、少し既視感。
なんだっけ。誰だっけ。

無愛想な女が、たまに見せる笑顔。



***

「おい!なんで、全部ケースと違うCDが入ってんだよ!!」

クラスメイトの山口くんが家にあがってまず始めたのは、なぜか部屋の掃除だった。

「いや、ほら、プレイヤーから前にかけてたCDを出すじゃない?そして、新しいCDをプレイヤーに入れて、そのケースにプレイヤーから出したCDを、」
「しまうな!!」
「もうー。山口くん、怒ってばっかりだとハゲるよ?」
「ハゲるかっ!?つか、課題はどーしたんだよ、課題は!」
「はい。山口くん、麦茶でいい?」
「おい!くつろぐな!!」

山口くんはせっかく出した麦茶には口もつけず、せっせと散乱したCDを元のケースに戻す作業をしている。あ、今度は棚の中のCDをABC順に並べ変えはじめたわ。前から少し気がついてはいたけれども、変な人だ。

とりあえず、冷蔵庫から昨日の残りご飯を出してレンジでチン。ボールに卵を溶いて、そこに鶏がらスープやら、塩コショウを入れて下味をつけておく。後はレタスを洗って適当な大きさにちぎって、、、よし。これでOK。

フライパンに油を入れて温めると、昨日お肉屋さんでもらったラードも追加。これで卵とレタスだけの炒飯が、一気にガツンとした味になる。そこに卵をジャーっと流しこみ、固まる前に急いでご飯を投入。お米が卵に包まれて、卵かけご飯のようになったものをひたすらパラパラになるまで炒める。火力がない家庭用のコンロでパラパラの炒飯を作るには、これが一番だ。

パラパラになったらレタスを入れて、混ぜあわさるくらいのうちに、フライパンの脇から醤油をたらりと一回し。少し焦がして香ばしい匂いをさせつつ、全体をもう一度ざっと混ぜ合わせる。味の素を使うと、とっても中華料理屋サンっぽい味になるのだが、自分の好みの問題で今回はやめておく。

「よーし、出来たよー。」
「は?もう??」
「うん。だって炒飯だもん。スピード勝負だよ。」
「手抜き料理かよ、、、」
「いーの!美味しければ、なんでもいーの!!」

山口くんが綺麗に片付けてくれた机を台拭きでキュッキュと拭き、二人分の炒飯を並べる。

「さ。食べよう!お腹すいたー!」
「あ、、、ああ。」
「いただきます!」
「、、、いただきます。」

ぽそっと小さな声ではあるものの、きちんと手を合わせて「いただきます」というこの男の子のことを、実は、最初の印象よりもずっと好ましく思っている。もぐもぐもぐもぐ。うん。けっこう面白いよね。もぐもぐ。

何よりも、ご飯を一緒に食べるのが嫌じゃない。

これはわたしにとって、大きくて重大な発見だ。


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