お腹すいてない? | ナノ



プロローグ
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夕暮れの学食。窓際の座席の向かいに座る山口くんは、ただいま非常にご立腹だ。ただでさえ無愛想で恐ろしいキツネ顔が、まるで般若のようになっている。

「ここの数値違う。あと、ここも。あんた実習中、何やってたんだよ!?」
「うん。ゴメン。」
「ほら、最初っから計算やり直すぞ。くっそ、これ、今日中に終わんのかよ!」
「うん、、、本当にゴメン。」

死に物狂いで勉強して憧れの某国立医大生となったわたしであったが、入ってからもこんなに勉強が必要だとは、正直思いもしなかった。周りの人間の優秀さに驚いている余裕もないほど、ついていくのにやっと、というか呼吸をするのにもやっとというくらいのギリギリな毎日だ。そして、今も実習のレポートを書くために、くじ引きで決まった相方の山口くんと学食で打ち合わせ中であるのだが、まったく終わりそうにない。主に、わたしのミスにより。

先ほどから目の前でクルックルと回されているシャーペンの回転速度の速いこと、速いこと。彼の無言のプレッシャーを一身に受けながら、こちらもノートPCのキーボードを高速で叩く。あああ、もう、ツライ。正直ツライ。一人でならもう少しゆっくりと落ち着いて、ミスなくできそうな気もするもんだけれどもそうはいかない。誰でもいいから、目の前のこの不機嫌金髪王子をどうにかして欲しい。数少ないクラスメイトの女子には、「山口くんとペアだなんてうらやましい!!」と言われたけれども、そう言うならどうかどうか変わってくださいよ。わたしは嫌だよ、こんな無愛想で口の悪い男。

半泣きでエクセルの表と格闘していると、目の前では大きくため息をついた山口くんが立ち上がり、バサバサとプリントをかき集め、MacBookもパタンと閉じてバックに詰め込んでる気配、、、って、え?

PCの画面から彼に視線を移すと、「行くぞ」と促されて、余計に「え?」だ。

「へ?どこに??」
「もうここ(学食)閉まる時間。」
「え、もうそんな時間!うわー、まずい、まずいよ山口くん!!昼ご飯食べそこねたからカレー食べようと思ってたのに!!」
「まずいのはあんただけだ。とりあえず場所移動するぞ。」
「ううう、カレー、、、お腹空いた、、、」
「あと3時間は余裕でかかるだろーから、校舎離れて駅前のマックあたりが妥当だな。」
「えー、ハンバーガーじゃ食べた気しないよー。」
「は?誰のせいでこんなに時間かかってると思ってんの?」
「、、、わたし。です。」
「そーだ。あんただ。」

冷めた目でわたしを見下ろす山口くんに、心の中で舌打ちをしつつ、パソコンの電源を落とそうと画面に視線を戻して重大な事実に気がついた。おや、バッテリーの残量が12%?電源ケーブルは、、、、、あう、家じゃん。

「あのー、、、や、山口くん?」
「何?」
「非常に申し上げにくいんですがー、実はバッテリーがそろそろ、」
「はあ!?電源は??」
「えーと、、、家?みたいな??」
「信じらんねえ、、、家どこだよ?近いの??」
「いやあ、、、取りに帰ったら1時間くらいかなあ。」
「なっ!」

おおお、怒ってる。怒ってるぞ。これは怒ってる顔だぞ。

まあね。一時間近くマックでわたしを待ってろだなんて、ないよねー。駅とは逆方向に徒歩で約20分。戻りは自転車で帰ってきたとしても、30分、、、いやいや、なんだかんだとやっぱり40分くらいはどう考えてもかかるよね。わたしだって、何も食べずにそんなハードな移動だけするのなんて無理!!無理よ、無理!!!お腹と背中がくっついちゃうよ。

って、

「あ。そうだ。」
「今度はなんだよ!?」
「続き、うちでやろう。」
「は?」
「ここで待ってるよりも、一緒に行っちゃった方が早いよ。(家ならご飯も食べれるし)」
「そうじゃなくて!!、、、あんたさあ、一人暮らしの女がホイホイ男を部屋にあげんなよ、って、」
「あらやだ。意識しないでよ。」
「するかっ!!!」

顔を真赤にして怒っている山口くんが、なんだか少しだけ可愛く思えて、ついニヤニヤしてしまう。
ちょっと余裕ぶった顔して「で、どうする?」なんて聞いてみると、それが気に食わないのか、ますます目を吊り上げた彼が、仏頂面で「行く。」と答えた。

へえ。やっぱりちょっとかわいい。

「あ、でも、うちに入る前にちょっとだけ片付けさせて。」
「5分だ。」
「ええ!せめて15分!!」
「じゃ、10分。それ以上は待たねえ。」
「そんなあ、、、」
「あ?誰のせいで、こんなに時間かかってると思ってんの?」
「おおう、わたしです、、、有り難く10分頂きます。」

というか10分。10分かー。
どうする?まず、ベランダの洗濯物を取り込んでとりあえずバスルームの中に、、、いや、ダメだ。ユニットバスだから、トイレ貸してって言われたら丸見えじゃないか。えーと、えーと、きっともう乾いてるだろうからそのままクローゼットに突っ込むか。あとは?あとは何を片付ければいいの!?テレビ台の上のタチコマのフィギュアとか?それとも散乱したCDをなんとかするのが先か??

それより何より、お腹すいたなあ。とりあえず、ご飯食べたい。

お腹すいたから、先にご飯食べない?

って、

言ったら怒るかなあ。山口くん細いもんな。食も細そう。ご飯食べなそうー。

ああ、おなかすいた、、、


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