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05
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早紀が看護婦さんになったら、また毎日一緒やなあ。
ばあちゃん、先生に雇ってもらえるように、ようけ言うとくわあ。

病院のベットでそう笑っていたおばあちゃんは、わたしが看護師になるのを待たず、今年の春に亡くなった。両親のいないわたしにとってはただ一人の身内だった。わたしは今、「大好きなおばあちゃんと毎日一緒にいる」という一番の目標を失ったまま、それでも看護師を目指している。

おばあちゃんは実際、入院していた病院の院長先生に診察のたびに「うちの孫を雇え」と売り込んでいたらしく、最後に挨拶に行った際に「早紀ちゃんなら、いつでも雇ってあげるから。卒業したらこっちに帰っておいで。」と言われた。社交辞令だろうけれどもそれは本当に嬉しかった。なんというか、消えかけた将来の夢へのモチベーションを持ち直すためには、再び誰かとの「約束」が必要だったのだ。

ーーー


ここは実習で来ている総合病院の屋上。すっかり日も暮れて辺りは暗く、気温も下がって肌寒いくらいだ。

看護師になって緩和ケアに携わる、というのがわたしの新しい目標だった。おばあちゃんが入院していた病院で働くということにはそれほど執着はなく、就職先はそれこそどうでも良かった。なんなら病院じゃなくて、ホスピスや、老人ホーム、グループホームなんかだっていい。

死ぬ間際、おばあちゃんの側にいてあげられなかったという後悔を、死と向き合う患者さん達のお手伝いをすることで埋めていきたいというのはあまりにも浅はかだろうか?いや、それでも、わたしはその目標に向かって毎日必死だった。


一人、薄暗い屋上のベンチに座り、意味もなく駐車場から出ていく車の数を数えてみたりする。


担当した患者さんが、さっき亡くなった。付き合いはこの二日間だけだし、何か個人的に思い入れるようなことがあったわけでもない。しかし、エンゼルケアの手伝いをしながら、わたしはあり得ないほど動揺し、気がついたら泣いてしまっていた。祖母の死を思い出したのか、それとももっと別の感情からなのか。

なんにせよ、これまで何かに追われるように一心不乱に勉強してきたわたしの出鼻をくじくには、十分すぎる出来事だった。

「向いてないのかもな。」

誰に言うわけでもなくポツンとつぶやくと、後ろから「何が?」という声がして、わたし以外の人が屋上にいたことに初めて気が付き驚く。振り返ると、ここ一週間さんざん道案内をさせられた、院長先生の息子の賢二くんだった。

「また迷子なの?おばあちゃん退院でしょ?今日くらいしっかり病室に直行しなさいよ!」

彼に気が付かれないよう、伸びをするフリをしてこっそり涙を拭うと、いつもの調子で説教をする。

しかし、いつもなら小生意気な口調で応戦してくるはずの賢二くんが、なぜだか今日は黙ってベンチの隣に座った。

「なによ。」
「、、、別に。」

賢二くんは、制服のポケットから温かい缶コーヒーを取り出すとわたしに押し付けた。

「なにこれ。」
「差し入れ?」
「・・・・・(なんで疑問形なのよ。)」

そっか、さっきの病室。となりは賢二くんのおばあちゃんだった。病室内でのわたしの狼狽ぶりを、そして廊下でのやり取りを聞かれていたのかもしれない。

プシっと缶コーヒーのプルタブを開けると、その甘ったるい液体をグビッと胃に流し込む。

「、、、缶コーヒーってさ、不味いんだけどつい飲んじゃうよね。」
「おい、人からもらっといて不味いは失礼だろーが。」
「あ、ゴメンなさい。」

思わず笑ってしまいながら、賢二くんは優しいなあ。なんて思った。

きっと、わたしが落ち込んでいると思って、わざわざきてくれたんだろう。いつもだったら速攻で迷子になるところを、ちゃんと自販機まで行って、迷わずここまでついてこれたんだ。えらいえらい。いい子だね、賢二くん。

「ねえ、賢二くん。」
「なんだよ。」
「確か4つ上は、全然いけるんだっけか?」
「!?」

ガコンという音が聞こえて、ふと横を見ると、顔を真赤にして目を見開いた賢二くんが自分の分の缶コーヒーを取り落としたところだった。


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