02
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入院中の祖母の具合はそれほど悪くもなく、うまくいけば今週末には退院できるとのことだった。オレを気に入っている祖母を元気づけるために、母親からなんだかんだと理由をつけては呼び出される日々。ほぼ毎日のように見舞いに行かなくてはならない状況に陥っていたので、正直さっさと退院してもらえることはありがたい。
今日は、小児科病棟であの女を見かけた。 昨日と変わらず気の強そうな眼差しで前を睨みつけながら、口を真一文字に結んで廊下を歩いている。これから討ち入りかよってくらいの緊張感を漂わせた彼女が、小脇に抱えているのはもちろん刀ではなく、大判の絵本。
実習なのだからいろんな科を回るのだろうけれども、あの能面のような女に子供の相手なんてできるわけねえ。そんなことを思いながら、そっと後をつけてみると、別人のような笑顔で子供達に読み聞かせをしている姿に遭遇したりして。
そんな顔もできんじゃねーかと、なぜだかこないだ以上にイラッときた。
無駄な時間を過ごした。さっさと見舞いを終わらせて帰ろうと踵を返し、小児科病棟を後にし院内を歩きまわるが、どうしても祖母の病室に辿りつけない。それどころか、ここだと思った角を曲がると、嘲笑うかのようにまた同じ自販機コーナーが現れたりするわけで。腹立たしいことこの上ない。
三度目の自販機との遭遇に「チッ」と軽く舌打ちをしたそのとき、後ろから肩を叩かれた。
「ちょっと、あなたまた迷子なの?」
そこに立っていたのは、心底呆れたという顔をした例の見習い看護師。
「は?違うし。迷子じゃねーし。」 「すごい方向音痴だって先輩に聞いたよ。おばあちゃんのお見舞いでしょ?今、ちょうど休憩入ったから病室まで案内する。」 「おい、だから違うって言って、」 「ほら行くよ。」
小生意気な見習い看護師はオレの話をまったく聞かず、長めのカーディガンの袖を掴むとずんずんと歩いて行く。
「おい、ちょっと待てよ!袖伸びるだろーが!!」 「うるさいわねえ、だいたい何よ、男のくせに指先まで隠してかわいこぶってんじゃない、」 「んなっ!?てめえ、見習い看護師の分際であんま調子乗ってんじゃねーぞ、」 「はあ?調子乗ってんのはどっちよ?お父様が院長先生だからって、我が物顔で病院内歩いてんじゃないっつの。」 「あんたなあ!」
バッと強めに腕を振り払うと、見習い看護師は思いのほかすんなりと手を離し、すぐ横にある扉を指さした。
「ここ。でしょ?」 「は?!」 「賢二くんのおばあちゃんの病室。」 「・・・・・」 「とにかく、もう迷子になるんじゃないわよ。じゃ、行くわね。」 「、、、おい。ちょっと待てよ。」
あっさりともときた道を戻ろうとする彼女を制止し、チラッと胸元の名札を覗き見る。実習中と書いた札の横に、陣内という手書きの文字。面白みの欠片もない几帳面な字。きっと、こいつが自分で書いたんだろう。
「陣内、、、名前なんての?」 「はあ?聞いてどうすんのよ。」 「いいから答えろよ。」 「、、、早紀。」 「陣内早紀ね。覚えとく。」 「ちょ、ちょっと、お父さんに告げ口とかガキっぽいこと止めてよ!?」 「んなことするかっ!!」 「ふーん、、、なら、いいけど。」
陣内早紀はこちらの真意を測りかねているのか、ちょっと不満そうな顔でオレを見上げている。
まあいい。もう決めた。
「早紀、あんた、いつまでいんの?」 「ちょっと呼び捨て!わたし賢二くんよりだいぶ年上なんですけど!?」 「はあ?年上ったって、3つか4つだろーが。」 「十分でしょ!!」 「で、いつまでいんの?」 「、、、実習は、今週末までだけど。」 「あ、っそう。」
じゃあ、今週末。実習が終わるまでには、
必ずその態度を改めさせてやるから覚えておけよ?
って、いや!別に気に入ったとかそんなことじゃなくて、単にムカついたからであって、この生意気そうな女が落ちたらちょっと面白いかなって、そんなくらいの、、、って、オレは誰に言い訳してんだ。
そんなことを思っていたら、困惑顔でオレを見上げる陣内早紀がちょっと可愛く見えたりして、いやいや!ねえよ、それはねえ!!つか、オレのことをあんまりジッと見んな!もう行けよ、仕事あんだろーが!!
「なんだよ、もうあんたに用はねえよ。」 「はあ!?案内してもらったら、そこは”ありがとう”でしょ!?」
動揺を隠すために言ったオレの一言に、ヤツは、今まで以上に憤慨しつつ去っていった。
、、、いったい何をやってんだ、オレは。
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