ウミノアカリ | ナノ



76 革命
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いつの間にかはじまった花火を、二人で並んで見上げていた。

林檎飴は半分齧って手に持ったまま、麻の少し混ざったハリのある生地の浴衣ごしに、ヤマケンくんの体温を感じる。

一度感じてしまうと、どうしてもそちらに集中してしまう。触れている左半身がどんどん熱くなっているような気がするけれども、これはきっとただの気のせいなんだろう。

そして、隣にいるヤマケンくんが、花火ではなくこちらを見ているような気がする。って、これも、、、気のせいか。

一気に集中力を欠いたわたしがそっと隣を見上げると、気のせいではなく、ヤマケンくんがじっとこちらを見ていた。

「あ、あの、何、、、か?」
「や。別に。花火見てる。」
「ええっ?花火、こっち違うでしょ。上、上。」
「成田サンの目に映ってるヤツ。」
「!?」

なんと。なんだ、それ。

ああああああああああ、もう、、、もう、


「もう!なんかね、ほんっとにね!ヤマケンくんはね、そういうの、」
「なに?」
「、、、いや、いいです。なんでもないです。」
「そう?」

なに。その嬉しそうな「ゆうえつかん」ってフリガナ振ってあるみたいな顔。

ひときわ激しく音が鳴り響き、花火大会がクライマックスを迎えているのがわかる。
すっかり明るくなった中、ある意味一番ヤマケンくんらしい表情を見ているとだんだん悔しくなってきた。もうね、あれですよ。いつもなら、これで目をそらしちゃうけれどもね、これ以上なめられるわけにはいきませんから。

恥ずかしさで折れそうな心を気力でぐっと支えつつ、ジッとヤマケンくんを見つめ返していると、最後の連発が終わり一気に辺りが暗くなったと同時にヤマケンくんの顔が近づいてきた。

あ、と、慌てて目を閉じる。

「・・・・・。」
「そろそろ慣れて。」
「え、、、や、ええと、、、」
「頼むから」
「、、、はい、、、、、」

消え入るような小さな返事をするのがやっとなくらい、わたしの心臓は瀕死状態だ。







*****

『愛?そろそろ行くよ?大丈夫?』
『あ、うん、、、ゴメン、ちょっとボーッとしてた。』
『あのねえ、ただでさえ無理言ってレッスンねじこんだんだからね!!しっかりしてよ!!!』
『わかってる。ミシェル、本当にありがとう。』
『まったく、一年間、日本で何してたんだか、、、そりゃ、ミスタ唐木のことは残念だったけれども、だからこそ愛が自分でがんばらなくちゃならないんでしょ!?』
『うん。わかってる。』
『わかってる、わかってるって、、、ちっともわかってなーい!!今は何はなくとも音楽に没頭しなくちゃいけない時期なの!!!ここでモノにならなかったらわたしたちに未来はないからね?』

激を飛ばす音楽院の元同級生の言葉に、正直ドキリとした。

夏休みに入ってから始まったウィーンでの生活は、本当に刺激的だ。
わたしは今、唐木先生の言っていた「音楽的な環境」っていうところに戻ってきたんだと心から実感している。

それなのに全てが音楽に向いている人達の中で、わたしだけが気を抜くと日本でのことを考えてしまう。日本でのことっていうか、主に、ヤマケンくんのこと。

わたしの小さな頭の中は、元々音楽のことしかなかったのだから、ヤマケンくんの存在はなんというか大事件だった。事件どころか、革命といっても過言ではないと思う。周りの女の子達が、恋愛話で一喜一憂しているのをずっと不思議に思っていたけれども、今ならわかる。これは確かに心が揺れる。

今まで、素晴らしい音楽以外にわたしの心を揺さぶるものなんてないと思っていたけれども、単なる経験不足でしかなかったわけだ。この、どうしようもない多幸感と不安感が交互に押し寄せる感じ、どうしたらいいんだろうな。なんか、慣れないな。落ち着かない。すごく落ち着かない。

ああ、本当に落ち着かない。

離れているとなおさらだ。来年になって、いわゆる遠距離恋愛ってやつになったときに、わたしはこの状態に慣れることができるんだろうか?こんな精神状態で、ヴァイオリンに集中することなんて不可能なんじゃないかとすら思う。

ヴァイオリンを持たない自分は想像できない。
これは即答できる。


じゃあ、ヤマケンくんがいない自分は?


嫌だ。すごく嫌だ。
もう、彼はわたしのものだ。
手離したりなんてできない。

よくもこんな感情が自分の中にあったもんだと思うほど、どうしようもないくらいの独占欲を感じるものの、この感情と折り合いをつけて生きていく術をわたしはまだ知らない。

この、絶対的な経験値不足はかなりまずいんじゃないかな?
世の中の女の子たちはすごいな。こんな異常事態を、それこそ小中学生の頃から経験してるのか。

「困った。」
『ん?何??』
『わたしに未来がなさそうで。』
『ちょっと!!』

呆れ顔の同級生の後をトボトボとついていきながら、このどうしようもない感情を完全に持て余していた。

これから、ミシェルの師事している教授に会いに行く。この世界では超がつくほど一流の指導者だ。こんなしょぼくれた状態で会うなんてお話にならないほど別世界の人。

指導者不在で宙ぶらりん状態のわたしがウィーンに戻るために新しい指導者が必要不可欠ではあるものの、さすがにここまでの方を望むのは現実的ではないわけで、、、「記念に一回お会いしておくか」くらいの気持ちでアポを取ってもらってしまったことを、今はさすがに後悔している。

『じゃ、行くよ?』

レッスンルームの防音扉の前で、ちょっと緊張した顔のミシェルが振り向く。

小さい声で" ja "と答えて、肩に担いでいた楽器ケースを右手に持ち直した。


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