80 不在の秋
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あっという間に夏が終わった。
予備校と図書館の往復。まあ、たまには気晴らしで別荘へ涼みに行ってバカどもが騒ぐのを見てるなんてこともあったけれども、特に何があるわけでもなく高3の夏休みは終わった。
学校もはじまり、街並みもいよいよ秋らしくなってきた今日このごろ、何もかもが平常運転かと思いきや、ぽっかりと穴が開いたような気持ちになっている理由はただ一つ。
成田愛の不在だ。
「なあなあ、愛ちゃんいつ帰ってくんのー?」 「、、、知らん。」 「えー、ヤマケン、実は振られてんじゃね?」 「はあ?んなわけあるか。」 「なんなんだよ。その自信は。」 「もうさー、いいじゃん。別れた彼女の穴を埋めるべく、合コンしよーぜ合コン。正直、ヤマケンいねーと試合になんねーのよ。な?」 「行かねーし、別れてねーし」 「わかった!百歩譲って愛ちゃんがまだお前の彼女であるとしよう。」 「譲らなくてもそうだっつの。」 「うん。まあ、いーや。で、さ、、、彼女が短期の留学からいつ帰ってくるのかわからないってのは、お付き合いしてる相手としてはおかしーんじゃねーの?」 「・・・・・。」
この状況がおかしいと、一番に思っているのはオレだ。お前らに言われるまでもない。
「、、、そろそろ時間だから行くわ。」 「えー、マジかよー。で合コンは??予備校終わってからでいーからさー。」 「行くか。お前らだけでなんとかしろ。」 「それが無理だから言ってんの!!」 「そーだそーだ!!」 「知るか」
やいやいと文句を言う3バカを置いて、店を出る。ここから予備校までは目と鼻の先。すでにエントランスが見えているのでさすがにオレも迷わない。
それにしても、、、あいつらが、柄にもなく心配しているってことも、気晴らしさせようとしてることも、本当はちょっとわかっている。
わかっていても、そんな気にはまるでなれないのだからしょうがないだろう。
成田サンは、あの花火の翌週にウィーンに旅立ったまま、帰国予定日をとうに過ぎても帰ってくることはなかった。
最初は2日に一度届いていた他愛のないことを書いた長文メッセージもすぐに間隔が開くようになり、最後に来たのはもう2週間も前のことだ。
向こうの友人が師事しているという、なにやら有名で素晴らしい先生とやらを紹介され、いろいろな幸運が重なって今後もみてもらえることになった、と。それはどうやらとてつもなくラッキーなことらしく、文面からも興奮しているのがわかるような、彼女らしからぬテンションのものだった。
こちらの学校の都合もあるだろうし、このままウィーンに滞在し続けるということはないだろうが、それにしてもいつ戻ってくるのか。すでに夏休みは終わっている。「いつ戻ってくんの?」と聞いてみたものの、返信がない。最初の数日は既読すらつかなかったので、まあ、忙しいのだろうと思っていたのだが、既読がついてからの返信なしというのにはさすがのオレも凹んだ。
こちらからLINEを送って、返信が来なかったという経験がないので、返信がないまま重ねてメッセージを送るということにとてつもなく抵抗がある。
「、、、詰んだ。」 「なにが?」 「うわっ!?なんだ、あんたか!」
予備校の席について思わず出た独り言に、返答があったのでビックリして振り返るとそこにいたのは水谷サンだった。
「で、何が詰んだの?こないだの模試の結果?」 「期待してるとこ悪いけど、そーいうんじゃねーから。今回もオレの勝ちだから。」 「あら、そう。じゃあ成田さんのこと?」 「・・・・・誰に聞いた。」 「ん?別に誰にも?ただ、最近、彼女の姿を見かけないなと思って。」 「あんたにゃ関係ねーよ。」 「まあ、そうね。」
ちょっと言い方が冷たかったか、と、水谷サンの横顔を盗み見たものの、まるで気にしている様子がない。ああ、そうだ。こういうヤツだった。知ってた。
なんにしても、あらゆるところに心配をかけてるってのも、よくわかった。
「ま、大したことじゃねーよ。」 「そう?ならいいのだけど。」 「それより、これやった?」 「あ!!プロセス50?気になってたの。どうだった?」 「例題も解説も適切。まあ、やっといて損はない。」 「そうか。問題精講終わったら考えてみるわ。」 「とりあえず試しに貸そうか?」 「もう終わったの?ぜひお願いしたい!!」 「はいはい。どーぞ。」
水谷サンと雑談をしながらも、頭の中は相変わらず成田愛のことばかりだった。連絡が途絶えた彼女が、今どんな状況なのか。そればかりが気になる。
このまま大学は向こうへ行くということで決定したのだろうか?というか、今、彼女は本当に大丈夫なのか?新しい指導者とは、うまくやれているのだろうか?
ちょうど一年前、雨の中で泣きながら「ただいま」と言った彼女の姿が思い出される。しばらくの間、自分の手元にいる穏やかな彼女しか見ていなかったせいで、すっかり忘れていた。満身創痍で日本に逃げ帰ってきたというのに、また1人でその場所に戻ってしまうなんて。
なんて、バカな女なんだ。
感受性が豊かだということは芸術家にとっては良いことなのだろうけれど、生きていく上ではしんどいばかりだ。
もう、いっそこの広い世の中で、彼女を傷つけられる物がオレだけであればいいのに、なんてことすら思うほどに、彼女に対して歪んだ庇護欲が湧いていることに驚く。
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