ウミノアカリ | ナノ



74 夏がはじまる。
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気がつけば、季節は夏。

動かなくてもじっとりと汗をかくほどの暑さと、空気の重さにうんざりする。普段、予備校やら図書館やら冷房の効いた場所ばかりにいるせいで、今年の夏は特に外の暑さが鼻につくのだ。

ずっと同じ体勢でいたため凝り固まった身体をほぐしがてら、予備校前の自販機まで歩いて行くと、見覚えのある後ろ姿を見つけて足を止めた。見慣れた音女のセーラー服。成田サンの連れのサヤカだ。

いつもならふんわりとおろしてある長い髪が、めずらしくシンプルにまとめられている。ああ、こいつも受験モードなわけね、となんとなく親近感がわく。「おい。」と声をかけると、「うわあ、ビックリした!!」とこっちが驚くくらいに過剰な反応で返された。

「あんたも予備校とかくるんだな。」
「そりゃ、行くわよ。部活ももう引退だしね。」
「ふうん。」

鼻の頭に少し汗をかいたサヤカが、少し屈んで買ったばかりのミネラルウォーターを取り出し口から取り出すと、自販機の前からスッと移動する。

「どーぞ?」
「ん?」
「なんか買いに来たんでしょ?」
「ああ。そうだな。」

少し思案した後、同じ銘柄の水を買う。

「調子はどーよ?」
「うーん。日本史がヤバイ。覚えることだらけで混乱してきてる。」
「私大だけ?」
「そうそう。」

ヘラヘラと受験生お決まりの話題をひととおり終わらせ、少し真顔になったサヤカが今日はじめてオレの目を見た。

「あのさ。最近愛とは、どう?」

どうもこうも、あんたの方がよっぽどよく会ってんだろーが。なんて軽口で返そうとも思ったのだが、彼女の目がそんな答えじゃ許してくれそうにもない空気を醸し出しているので口ごもる。

「どう、、、ねえ。」
「や、ヤマケンと愛がうまくいってないなんて、思ってるわけじゃないのよ?もう、それはそれは幸せそうにしてるから!そこには何にもケチつける気ないから!!」

黙ってしまったオレに、焦って言い訳をするサヤカに苦笑いを返しながら、昨日久しぶりに会ったばかりの彼女のことを思い出す。

先週末のコンクールで、予選落ちしたと言っていた。そのコンクールのために相当練習していたのを知っていたので(それのせいでしばらく会えなかったし)さぞかし悔しがっているのだろうと思っていたのだが、それを報告する彼女が意外とあっさりしていて肩透かしをくらったのを覚えている。特に気落ちしている様子もなかった。

「や、なんかゴメン変なこと言って。あの、特に何かあったとかじゃなくて、えーと、なんとなく、」
「まあ、らしくない感じはするな。」
「やっぱり?!ヤマケンもそう思った!?」

ぐわっと身を乗り出して来たサヤカに再度苦笑いを返しつつ、「とりあえず、あちーから中入ろうぜ。」と予備校のエントランスを指さした。



「進路について悩んでるみたいなのよね。」
「ふうん?」
「ふうん、じゃないわよ!なんか相談乗ったりしてないの??」
「や、特に。相談されてねーし。」
「薄情!!」

薄情って言われても、彼女から何も言われないうちからあーだこーだ言ったってしょうがねーだろうが。

「ま、結局留学すんじゃねーの?」
「そうかなあ?なんか受験の準備してるっぽいんだけどなあ、、、」
「あっそ。それはそれでいーじゃね?あんただってあいつが日本にいた方がうれしーんだろ?」
「、、、ヤマケンも?」
「は?」
「ヤマケンも本当は愛が日本にいた方がいい?もしかして本人に言った?」
「あんたオレの話聞いてた?さっき、"結局留学するんじゃねーの"って言ったよな?日本に残れなんて、言ったことねーよ。」
「ほんとに?さみしくないの?」
「うぜえ。」

正直言って、さみしくないと言えばウソになる。
どう考えてもウィーンは遠い。学校の長期の休みや年末年始だって、日本に一時帰国するのははばかられるような距離だ。ヘタすると数年会えない、なんてこともありうるわけで。

でも、

「しょーがねーだろ。」
「何がよ?」
「何か向こうでなくちゃダメな理由があんだろ?」
「・・・・・。」
「そもそも夏休み入ったらすぐ、一ヶ月くらい向こうに行くらしいぜ?」
「う、うん。聞いてるよ。向こうで師事する先生の目星をつけに行くって、」
「なんだよ。知ってんじゃねーか。」
「でも、、、」
「でも?」
「なんか、愛が迷ってるみたいに見える。昨年の時とは全然違う、、、」

だから、オレが引き止めてるんじゃないかって?
濡れ衣もいいところだ。

「とりあえず、気になるんなら自分で聞け。オレは知らん。」
「えー、なによそれ。」

まだ何か言いたそうなサヤカを自分の教室の前で追い払い、席についた。




成田サンが日本に残る。
来年も、再来年も、オレの側にいる。



そんな可能性がチラチラと見えてきて自然と気持ちが高揚すると同時に、そんな期待をしている自分に少しだけ罪悪感を感じた。


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