ウミノアカリ | ナノ



08 お伽話はもう終わり。
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恥ずかしい。もう消えてなくなりたい。

発表会のときにも同じようなことがあった気がするけれども、今回は重みが違う。
わたしの唯一自信を持っていた部分を、あんな酷い言葉で踏みにじられて、いったいどんな顔で彼の前に立てというのだろうか?しかもわたしの不甲斐ない演奏のせいで唐木先生を侮辱されて、すっかり冷静さに欠いた言動と態度を取ってしまった。思い出すだけで身体に拒否反応が出るくらいに恥ずかしい。ヤマケンくんだって、心底呆れたに違いない。

会場がスタンディングオベーションで盛り上がる中、どさくさ紛れでヤマケンくんに別れを告げ、控え室に駆け込む。すべての荷物を引っ掴んで、わたしは逃げるように会場を後にした。

ホテルには帰らず、タクシーでそのまま病院に直行したものの、先生は検査のためとかいって病室は無人。こういうとき神様はどこまでも無慈悲だ。お前は1人で自分の不甲斐なさと向き合ってろってことなんだろうか?

見知らぬ国の、見知らぬ病院の中庭で、誰も知り合いがいない中ぼんやりと夜空を眺める。知り合いどころか、こんな時間では人影すら皆無だ。

もう、ホテルに戻ろうかな。

ほら、実はヤマケンくん達が同じホテルだったりとかしてさ、ロビーでバッタリ会って、さっきの非礼を謝って、音楽家なんでキツイ批評なんて日常茶飯事ですってな顔して笑って、ほら、それこそ晩御飯とか一緒に食べたりとかしてね。いーじゃん、いーじゃん。

なんて、

そんなに世の中うまいこといくわけがない。

わたしが取っているホテルは、病院近くの本当に小さなホテル。日本でいうところのビジネスホテル的な、ベットとシャワールームとトイレがあるだけの小さな部屋。きっと山口家が泊まるのは、市内の高級ホテルだったりするわけだし。

中庭の時計を見るともうすぐ9時。12時まではまだまだだというのに、魔法はすっかり解けてしまった。ガラスの靴を置き忘れるような小細工もしてないから、探してもらうなんてのはまず無理だ。こちらから探すほどの気力も、図太さも、今のわたしにはない。

逃げてきたのはわたしなんだけど、、、会いたいな、ヤマケンくんにもう一度。

「もっといい演奏を聴かせたかったな。」

誰もいない中庭で、声に出して言ってみる。辺りはしんと静まり返り、低くかすれたわたしの声だけが響いた。

「わたし、こんなところで何やってるんだろ?」

家族と離れて、友達と離れて、毎日必死に練習して、言葉が通じないストレスと、とてつもないプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、なんとか踏ん張って、踏ん張って。そうやって半年間を過ごしてきて、わたしはいったい何を手に入れたんだろうか?

もちろん新しい出会いもあった。あのまま音羽にいたら、あんなにたくさんの才能あふれる同世代には出会えなかっただろうし、彼らからは、毎日処理しきれないくらいのインプットがあったと思う。実際に、わたしの演奏力も、表現力も、格段に上がったと思う。

でも、それは全て楽器を持っている間だけのこと。

ステージを降りた今、わたしは、どこまでも一人だ。


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