ウミノアカリ | ナノ



69 何がダメなの?
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ミズタニサンノカレシダカラ。
みずたに、さん、の、、、かれし、だから?
水谷サンの彼氏?

って、そりゃ、あんたのことじゃないんかい!?

さっきまでは彼が荷物を届けるためにわざわざ追いかけてきてくれたことが、ただただ嬉しくて、顔を真っ赤にして舞い上がっていたというのに。

たぶん、わたしは今、とんでもなく間抜けな顔でヤマケンくんを見上げていることだろう。それが重々わかっていても開いた口は塞がらず、彼の前では少しでも可愛く見られたいという乙女心も、今はまったく仕事をしてくれなかった。

「は?なにその顔。なんか問題でもあんの?」
「い、いや、、、そうじゃなくて、あの、、、」

言いたいこと聞きたいことは山ほどあるはずなのに、まったく言葉が出てこない。
相変わらずの間抜け面をさらすわたしに、心底イラついてますという顔つきでヤマケンくんが再び舌打ちをする。

「ハルは中等部までは海明だけど、高等部から松揚なんだよ。そんで今は水谷サンと付き合ってる。」
「あ、ああ、、、、、え?」
「だからあいつはダメだ。」
「、、、へ?あ、うん、、、」
「わかってんの?」
「えーと、、、いや、よく、、、ダメ?」
「そう。」
「え?あの、どういう、、、」
「ったく、頭のわりー女だな!!」
「いや、ちょっと、ちょっと待っ、、、」
「あ?」

待ってよ、どういうことなのよ。何をヤマケンくんは怒ってるのよ。何がダメなのよ。いったい何の話をしているの?

まったくわかんないよ!!

頭がパニックになり過ぎて、なぜだかジワリと涙が浮かんできてしまった。
何から言えばいいのかわからない言葉の代わりに、どんどん涙が溢れてくる。
自分の意思とは関係ない涙はどうやっても止めることができず、人通りの多い道の往来で超間抜け面の上に、ボロ泣きの女とかもう最悪としかいいようがない。

ヤマケンくんはそんなどうしようもないわたしに一瞬ギョッとした顔をしたものの、「ちょっとこっち来い。」と近くの遊歩道まで手を引いてくれた。



「何も泣くこたねーだろうが。」
「う、、、ゴメン、、なさ、い。だって、急に怒るか、ら、」
「怒ってねーよ!!」
「ほら、怒ってる!」
「ああ!?」
「うう、、、ゴメンなさ」
「あんた、とりあえずで謝んのやめてくんない?」
「あう、、ごめ、う、、、」

ベンチに座らされ、グズグズとべそをかきながらうつ向いているわたしは、たぶんとんでもなく面倒くさい女でしかない。

もう、このまま置き去りにしてくれてもいいのに、律儀に泣き止むのを待っていてくれているのであろうヤマケンくんに申し訳なくて、ついつい謝罪の言葉ばかりが口をつく。

涙でヒリヒリとする目元を押さえながら、この最悪な状況を打開しようと少しづつ冷静になってきた頭で事の次第を整理してみた。

ええと、さっきのかっこいい男の子がヤマケンくんの幼なじみ?で、今は水谷さんの彼氏で、ということは、ヤマケンくんと水谷さんは別に付き合っているわけじゃなくて、、、、、と、そこまではなんとか理解した。で、何がダメなんだっけ?

「あの、、、」
「なに?」
「あの、やっぱりわからなくて、、、何がダメな、」

謝ってばかりの態度を怒られたばかりなので、出来る限り卑屈にならないように恐る恐るヤマケンくんの表情をのぞき見ながらそう尋ねたその瞬間、ギッとすごい眼力で睨まれて息を飲む。

「なんで?なんでダメか?いちいち説明しなくちゃわかんねーのか、あんたは!?」

い、いや、「なんで」じゃなくて、「なにが」って聞いたんだけども、なんだかヤマケンくんのご立腹具合が今までの比じゃないので、何も言い返せない。

そのあまりの迫力に思わず膝の上で荷物を押さえていた手を離してしまい、バラバラとベンチの下に鞄やら紙袋やらが散乱してしまった。

綺麗な顔の人は怒ると三割増しでこわいんだから、ほんっとにやめて欲しい!

鞄を落としただけならともかく、紙袋からは昨日のコンクールで着たドレスがはみ出し、サブバックからは練習用の譜面が盛大にぶちまけられているという酷い有り様。

座ったままとりあえず散乱した譜面の束に手を伸ばすと、落ちた紙袋からはみ出した青いドレスを拾ってくれながらヤマケンくんが口を開いた。

「これ、オレ見たことあるわ。」
「え、、、?」
「あんたが一年の時の文化祭で着てたやつ。」
「え、、あ、、、うん、そう、、、かも?あの、、、わたしの勝負ドレスで、昨日のコンクールで着た後に先生のとこに預けてあって、、、、、あ!5時までにクリーニングに出さないといけな、」

ヤマケンくんの記憶力の良さに感心しながらもタイムリミットを思い出したそのとき、青いドレスをわたしの膝の上に戻した後の手が、わたしの泣き濡れた頬に移動し、残っていた涙の滴をぬぐった。

え?



あまりの出来事に、心臓をギュッとわしづかみにされたかのように鼓動が跳ね上がった。

カッと血がのぼり、さらに赤くなった熱い頬に、ヤマケンくんのひんやりとした細くて綺麗な指が添う。必然的に二人の距離は縮まり、今息を吐いたら彼の前髪が揺れるんではないかとついつい息を止めてしまう。

近い!近いよ!!ちょっと待って!!!
今度は何!?

恥ずかしくて死にそうになっているのに目をそらすことすらできず、息を止めたままヤマケンくんの綺麗な顔を凝視していると、彼の薄い唇がスローモーションのようにゆっくり動いて見えた。

「もう、いいからあんたはオレにしとけよ。」

、、、!?

さっき、すでに限界とまでの早さで早鐘を打っていたわたしの心臓が、今度は不整脈かってなくらいに明らかにおかしな動きを見せている。ドキドキし過ぎて胸が痛い。

今日のヤマケンくんは、どうかしてる。


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