68 野生の王国
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「相変わらず訳の分からないことを言い逃げする女だな。」というのが、まずの感想。
そして、なんとなく彼女にもう一度、「ヤマケンくんは大丈夫」と言われたい、なんて。思ってしまった自分に驚く。
なんだこれ?オレ、思った以上に弱ってんのか?
さっき水谷サンが言ってた通り、本番まで一年をきったというのになかなか芳しくない現状の模試結果。とりあえず3ヶ月後の東大プレでは必ずA判定を取らなければ、現役での合格は難しいだろう。
それでも、志望校を変える気はサラサラないのだ。 山口家の人間として、あの大学で医学を学ぶことは決定事項なのだから。
そんなことを考えながら、成田サンの突然の退場を何もリアクションできないまま見送っていると、今度は向かいの席で同じく茫然としていた水谷サンが突然机の下にもぐってしまった。
「おい、、、あんたまで何やってんだよ。」 「え?いや、ほらこれ。」
出てきた水谷サンの手には、さっき成田サンが持っていた紙袋があった。
「追いかける理由としては、十二分だと思うけど?」 「・・・・・。」
ああ、、、オレ今どんな顔してんだ? 本当に気にくわない。 こういう振り回され方は、本当に柄じゃねえ。
でも、
「しょうがねーから、ちょっと届けてくるわ。」と水谷サンに告げ、席を立った。
店を出てすぐに、小走りで逃げるようにして人混みを抜けていく小さな背中を見つけた。少しスピードを上げればすぐに追いつく。
でも、追いついた後はどうしたらいいのだろうか?
とりあえず、忘れ物を渡すという口実はあるのだから声をかけて渡せばいいのだ。それからのことはなんとでもなる、、、はずなのに。それができない。その小さな背中に声をかけられない。なんなんだ。なんだっていうんだ。
さっき水谷サンに言われた「成田さんが相手だと及び腰に〜」の件がグルグルと回る。そんなつもりはまったくなかったのだが、実際にどうかといえば、確かに少し遠慮がある気がする。
遠慮?
いや、違うな。かなりプライベートな相談まで受けていて、それに対してオレにしてはめずらしく誠実に対応している。つまり、遠慮するほど遠い存在ではまったくなく、距離感だけなら一番と言っても過言ではないくらい親しい女友達だ。今となっては水谷サン以上に。
だとすれば、別の意味で彼女のことを特別視している。ということか?
いつから?
グダグダと考えがまとまらないまま、ただただ彼女の後ろ姿を一定の距離を置いて追っていると、後ろから肩を叩かれ、脳天気な声が聞こえてきた。
「おー、ヤマケンじゃねーか。なにしてんだ、こんなとこで。また迷子か?」 「ハル、、、」
こんな時に限って、めんどくさいヤツに会った。ついていないにも程がある。
「、、、水谷サンならまだいつもの店だ。」 「おー、そうか。で、お前なにやってんだ?」 「オレのことは気にせず行け。今すぐ行け。」 「なんだよ相変わらずつめてーヤツだなあ。で、何だ?そのでかい紙袋。」
ああ、もう!!!いーから、早く行けよ!!!! 見失っちまうじゃねーか、
と、思ったその時、ハルのでかい声が耳についたのか彼女が首だけで振り返り、オレに気がついて目を見張った。
ああ、、、、、
何も考えがまとまっていないまま、何のプランもないまま、とりあえず手に持った紙袋を彼女に向かって掲げてみせる。
「あ!」という顔をして駆け寄ってこようとする成田サンを見ながら脱力。
「なんだ?あれ、お前の女か?そうなのか??」 「うるせーよ、ハル。さっさと水谷サンとこに行け。」 「あ?イヤだ。」 「はあ!?何でだよ!!」 「こっちの方が面白そうだから。」 「てめっ!」
いまにも掴み合いになりそうな状態のオレとハルに、「あのぉ、、、」と遠慮がちな小さな声がかかり、振り返ると、心配そうにこちらを見上げる成田サンが目に入った。
面白そうだとか言ったわりには、初対面の人間が苦手なハルが警戒心丸出しなため、ただでさえ小さな成田サンが今にも消えてなくなりそうな勢いで縮こまっている。
「おい、ハル。あんま威嚇すんな。」 「し、してねえ。で、誰だこいつ、、、」 「あー、、、成田愛サン。」 「ど、どうも、はじめまして、、、」 「.....。」
とって食わんばかりの威嚇モードなハルに、ひたすらオドオドする小動物のような成田サン。 なんだこれは。野生の王国か?
あ、そうだ。
「あのな、一応彼女、水谷サンのお気に入り。」 「なんだ!雫のダチか!?じゃあ、オレもお気に入りだ!な!?」 「え?あ、あの、、、はい、ありがとうございます、、、?」 「そっかそっか!雫のダチか!!」
手のひらを反すかのように、友好的になったハルに、ますますドン引きする成田サン。
まあ、なんかドサクサに紛れて声かけることができたんだし、いっか?
「まあ、こいつのことは気にしないで。それよりこれ、忘れもん。」 「あ、ありがと、」 「なあなあ、これ、何入ってんだ?」 「、、、ハル。」 「あ、あの、習い事の先生に預かってもらってた服をクリーニングに出さなくちゃいけなくて、、、」 「そうか!服か!どこのクリーニング屋だ?ついてってやろーか?」 「ハル!お前はいーからさっさと店に行け!」 「えー、なんでだよ。」 「水谷サン相当ご立腹だぞ。フォローしといた方がいーんじゃねーの?」 「う、、、そうか。いや、そうなんだがな。」 「煮え切らねえヤツだな。さっさと行って来い。」 「あー、、、そうだな。よし、行ってくるわ。」
ホッとした顔の成田サンに、「今度お前にたこ焼きおごってやる!」とわけの分からない約束を取り付けて再度ドン引きされつつハルは退場していった。
「わるかったな。あんなアホ連れてきて。」 「や、わたし人見知りなだけで、、、あの、別に困ってたわけじゃ、、、」 「明らかに困ってただろーが。」 「え、えと、松楊の制服だったね。す、すごいかっこいい子だった。み、み、水谷さんのお友達?」
ハルのことを「カッコ良かった」と言って顔を赤くしている成田サンにイラッときた。なんだ?いつもの挙動不審で顔が赤いわけじゃねーのか?ドン引きしてるだけじゃなかったのか??
どいつもこいつもハルばかり。あんなの、ただの顔がいいだけのバカじゃねーか。や、実際、頭はいいのか、、、つか、そうだとしてもただの奇人変人。
チッと心の中で舌打ちをしつつ、吐き捨てるように返事をする。
「あ?ああ、あれ、彼氏。」 「・・・・・え?」 「なんだよ。」 「え?あの、、、だ、れの、かれ、、、」 「だから、あれ、水谷サンの彼氏だから。」
だから、あんたが意識しても無駄だから。
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