ウミノアカリ | ナノ



66 狭き門。
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いつだってそうだ。
優柔不断なわたしは、いつだってその場に流されて、こういう訳のわからない状況に陥るんだ。

目の前にはテキストを開きっぱなしのままわたしを見つめる水谷さん。
彼女のちょうど向かいの座席には、見慣れた眼鏡と参考書。ああ、これはヤマケンくんのだ。ヤマケンくんと二人で(まあ、離れた席にみんなもいるけれども)受験勉強中だったんだ。そうだよね。受験生だもの。勉強しなくちゃいけないけれども、恋人にも会いたい。会いたいけれども勉強しなくちゃならない。学校も違ってなかなか会うことができない二人の解決策がこれだ!放課後に一緒に勉強!!なんて素敵で模範的な放課後!!!

そして、その素敵な放課後を邪魔する、わたし!
人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られてなんとやらだ!!馬はどこだ!?今すぐわたしを蹴り飛ばしに来てくれっ!

「あ、あの、、、勉強の、、、というかもうわたしの存在自体がお邪魔を、、、その、すぐ帰るか、」
「ああ、別に少しぐらいかまわないわ。それより、一時帰国なんですってね?」
「えと、、、でも、ちょっといろいろあって。戻れるかどうかも、、、」
「いろいろ?何があったの?」

久しぶりに話をする水谷さんの投げてくる言葉は、相変わらず直球のみだ。デッドボールぎりぎり、インコースのどストレート。
変に気を使われるよりはいいのだが、なんと説明して良いのやら。

とりあえずこちらもストレートに返すしかない。

「その、、、師事していた先生が亡くなってしまって、」
「え!?ゴメンナサイ、そんな大変な話だったなんて、」
「や、、、それで、まあ、指導教授を探すところから始めなくちゃならなくて、」
「新しい先生ということ?」
「うん。とりあえず夏に短期のサマーコースにでも行って、師事したい先生が見つかったらまた正式にオーディションを受けて留学、かなあ?」
「ふうん。なんだか普通の留学とは違うのね。」
「そう、、、なのかな?普通の留学がどんなだかわかんないので、なんとも。」
「それで今は?楽器の練習をしているの?」
「それとドイツ語の勉強。今度はまったくコネなしだから、TOEFLのドイツ語版みたいなのである程度の点数とらないといけなかったりとか、」
「英語は?」
「英語でやる授業もあるから、ある程度は必要かな。」
「そう。なかなか大変そうね、、、」
「いやいや、センター試験だって十分に大変でしょ。水谷さんは何教科受けるんだっけ?調子はどう?」
「今のところ、まあ、盤石だとは思うけれども。」
「磐石、、、なかなか言えないよそれ。すごいよ水谷さん。」
「ちなみにヤマケンくんは、このままだとまずいわね。」
「え?そうなの??」
「東大理三に入ろうと思ったら、全科目で9割は取る気でいないと。」
「きゅ、九割!?」

いつになく饒舌な水谷さんに乗せられて、ついつい話が弾んでしまう。わたしの留学話から東大の難関具合に話がすり替わったあたりで、「あんたらが盛り上がってんの、めずらしーな。」と、飲み物を持ったヤマケンくんが戻ってきた。

「盛り上がってる、、、というか、、、」
「ええ、盛り上がっているわよ。あなたの進路の無謀具合に。」
「ほっとけ。」
「いやいやいやいや、ヤマケンくん!本当にがんばってね!!それにしても、きゅ、九割かあ、、、」
「偏差値にすると、80オーバーよ。」
「は、80!?偏差値にそんな数字あるの!?」
「うるせーなー。あんたの目指してるところだって、門の狭さで言えばそれ以上だろーが。」
「い、いや、まあ、音楽家への門なんて存在すら怪しいものだけど、、、」
「その点オレの門はね、毎年一定の人数通れんの。オレが入れなくて誰が入んだよ。」
「どこからくるのか知らないけれど、すごい自信ね。確か、こないだの模試ではまだわたしの方が、」
「うるせーよ。オレはまだまだこれからなんだよ。」
「いや、もう、二人共とにかくがんばってください、、、」

ああ、ヤマケンくんたちはこうして切磋琢磨して、常人では考えられない高い壁を乗り越えていくのか、、、と、遠い目をしながら二人を眺めてしまう。やいやいと言い合う二人はさらにエスカレートしているが、わたしはすっかり蚊帳の外でミルクティーを啜るはめになった。

「とりあえず、あなたには志望大学を再考することを進言するわ。」
「はっ、余計なお世話だ。」
「なんで?あなたのおうちなら、私立の医大だって学費も問題ないのでしょ?」
「そういう問題じゃねーんだよ。」

それまですっかり他人事のようにぼんやり聞いていたが、そのことについては山口先生からも聞いてる分、ぴくりと反応してしまう。

そうだ。東大医学部は、山口先生に言わせれば山口家の呪縛。
でも、ヤマケンくんにとっては、大切なお祖父様との約束だ。

「や、ヤマケンくんは!」
「「は?」」

こちらを同時に振り向いた二人の眼力に少し怯んだものの、もう一度息を吸って一気にまくし立てる。

「あの、受かるよ?!東大医学部に、絶対に行きます!それで山口先生みたいなお医者様になる!そうだよね!?」

それだけ勢いで言い切ったものの、驚いた顔をした二人を見ていたら、急に恥ずかしくなってきた。一体何を言っているんだわたしは。

「あ、あの、ゴメンナサイ。わたし全然関係ないのに、、、あの、帰ります!!水谷さん、ヤマケンくん、受験勉強がんばってね!」

ガサガサと手荷物をまとめ、楽器ケースを胸に抱えて店から飛び出した。

ああ、トミオくんたちに挨拶すらしてない。
わたしは本当に、いったい何をやってるんだ。


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