64 お留守番の二人。
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期末テストも終了し、来週からは春期講習。そして来月には学年も1つ上がり、なんだかんだと騒々しかった高校生活もこの一年で最後になる。
そんな中、ここはいつものファーストフード店。あえて少し離した隣の席にはいつものバカ3人にプラスして松楊の夏目、佐々原、伊代が騒いでいる。そして目の前には春期講習のテキストの予習をしながらも、「なんで、、、まったく、、、ハルはどうしていつも、、、」とブツブツつぶやく水谷サン。
渡航準備で忙しいハルが不在な事以外は、まったくもっていつもどおりだ。
「あんた、まだ言ってんの?もう決定事項だろーが。」 「わかってる。わかってるわよ、もちろん、、、でもね!?」 「あー、はいはい。それにしたって唐突だよな。」 「まったく、どうしてハルはいつも突拍子もないことばかり!!」 「ったく、、、だからオレにしときゃー良かったんだ。」 「・・・・・。」 「黙るなよ。冗談だ、冗談。」 「ああ、そう。冗談だったの。てっきりまた話が戻ったのかと。」 「はっ、アホか。いちいち本気にすんな。」
そう口にしながら、強がりやごまかしではなく、本心からそう言っている自分に気がつく。
ハルの国外逃亡が決定して呆然としている水谷さんに、ちょっと前のオレならなんかしらのアクションを起こしてそうなもんだが、二度目の告白を断られて友人宣言をしてからというもの、何か憑き物が落ちたかのようにスッキリしているのだ。
「ま、いーんじゃねえの?ハルがいたところで受験の邪魔にしかなんねーよ。」 「それに関して、まったく異論はないわ。」 「だろ?無事に合格するまで、船の上にいてくれた方があんたにとっては好都合じゃねーか。」 「ふむ、、、確かにそうね。」
それに、そうやって文句を言いながらも、どうせあんたはハルのすべてを受け入れる。そしてそれはハルもしかり。一年やそこら離れたところで何にも変わらねーよ。
そうでなければ、オレが退いた意味がねえ。
「あら?」 「なに?」 「あれって、、、」
気を取り直して予習に戻ろうとした水谷さんが、そう言って窓の外を指さしたその先に、数ヶ月ぶりに見る制服姿の成田サンが立っていた。楽器ケースを背負い、妙に大きな紙袋を下げている。背中まで伸びていた髪は、スッキリと肩の上で切り揃えられ、まるで初めて会った頃のようだ。
「音女の成田さんじゃない?」 「、、、ああ、そうだな。」 「いつの間に日本に帰ってきてたの?彼女。」 「ん、昨年の秋に戻ってきてる。」 「そうなの?留学って言ってたけれどずいぶん短かったのね。短期のホームステイとかだったのかしら?」
大晦日の日に昼飯を食って以来、彼女とは偶然会うこともなければ、連絡がくることもなかった。正月には病院での慰問演奏会を聴きに行こうかと何度も悩んだのだが、なんとなく理由というか決定打がなく、行きそびれてしまって今に至る。
もちろん親父から、演奏会の数日後に例の恩師とやらが亡くなったということだけは聞いていた。あれから一度も意識がハッキリすることはなく、脈拍がまばらになった後、奥さんが到着するのを待って親父が自ら死亡確認をしたそうだ。
それでも、彼女に連絡することはなかった。 そりゃ、そうだろう。そんなときにオレが彼女にかけられる言葉なんて、何ひとつないのだから。
「いや、また、、、しばらくしたらウィーンに戻るらしいぜ。」 「あら、そうだったの。」
成田サンがまたウィーンに戻ると聞いて、水谷サンがなぜだか嬉しそうな顔をした。
「なんでそこで嬉しそうなわけ?」 「いや、別にそんなことはないけど、、、」 「けど?」
水谷サンが窓の外に向けていた視線を、こちらに移す。
「わたしが彼女について思う所は特にないのだけど、とりあえずあなたは寂しそうな顔をしているのね。」
ジッと見つめてくるその視線に耐え切れず、今度はこちらが窓の外に目を移した。
春らしい明るい日差しの中、成田サンの柔らかそうな髪が揺れている。
は?寂しい? なんだそりゃ。
「なんでオレがあの女の不在を寂しがらなくちゃなんねーんだよ。」 「あら、違ったのならごめんなさい?」 「置いて行かれて寂しいなんてのは、あんたの話だろうが。」 「ああ、まあ、それはそうなのだけど。」
オレは別に。オレは、、、
「声かけたりはしないの?彼女、急いではなさそうよ?」 「、、、別に。用事ねーし。」 「ふうん。」 「あ?なんだよ?」
未だにこちらをジッと見ている水谷サンの顔は、興味津々といった様子がありありと現れている。 なんだかバツの悪い気持ちになりチッと心の中で舌打ちをすると、同じタイミングで彼女がフンと鼻を鳴らした。
「こんなとき、あなたって用もないのに声かけたり、気軽にパッと携帯鳴らしたりする方なのにね。」 「そうか?」 「そうよ。女性に対して気安く話しかけたり、肩を抱いたり、、、」 「なんだそりゃ、単なる軽い男じゃねえか。」 「あら、違ったの?」 「ちげーよ。」
まあ、違わないけど。
これは、いったい何の話だったんだっけと、憤慨しながら手元にあった冷めたコーヒーを飲み干す。
「前から気になっていたんだけど、ヤマケンくんは成田サンが相手になると途端に及び腰になるのね。」 「は?」 「あら、これも違った?」 「・・・・・。」
ちげーよ。
さっきと同様に即答したはずなのに、なぜだが声にならなかった。
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