67 ゆめゆめわすれることなかれ
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逃げるようにしてお店から出てきたままのテンションに精一杯の早足で人混みをすり抜ける。赤に変わったばかりの信号のおかげで、ようやく足を止めることができた。
うつ向いたまま大きく息をつくと、横にいた女子大生たちが、交差点の向かいにあるスクリーンに映っているであろう映像を眺めながら甲高い声で話をしているのが聞こえる。
「あ、この人!リコのバンドでピアノ弾いてる人、かっこよくない?」
え?と思って反射的にスクリーンを見上げると、そこには神崎リコの綺麗な顔が大写しになっていた。 ああ、大画面で見ると本当に迫力ある。同い年とはとても思えないくらい綺麗な人だ。オーラも違う。
「え?どれどれ?」 「ほら、左奥のさー、、、これ!白シャツの!!」 「あー、あんた好きそうだよね。こういうタイプ。」 「曲とかもこの人書いてるんだよー。才能あってイケメン!最高じゃん!!」
、、、そうっすね。最高っすよね。 見ず知らずの女子大生の会話に心の中で相槌を打ちつつ、リコちゃんのPVにけっこうな頻度で映り込んでいる秋田さんを眺める。
ああ、確かにかっこいいなあ。 、、、わたし、年末、この人を振ったんだよな。
考えれば考える程、年末のわたしを「バカじゃないの!?」となじりたい。 身の程知らずにもほどがある。いや、むしろ身の程を知ってるからこそ頷けなかったのか?とにもかくにも、こんな人と付き合える機会、もうわたしには二度と来ないというのは確かだ。
それどころか、もう18歳になろうってのにまだ年齢=彼氏ナシじゃないか。 しかも、このまま記録を更新し続けるという未来以外、まったく思い浮かばないという体たらく。
ああ、さっき数カ月ぶりに会ったヤマケンくんも、相変わらずかっこよかった。彼には年末、一緒にお昼ご飯まで食べて、家まで送ってもらったんだった。
ふう。
再び大きくため息。
あんなハイスペック男子どもは、めったにいないんだぞ。それこそスクリーンの向こうの存在だ。わたしなんか関われただけでも奇跡だ。ゆめゆめ忘れるなかれ。
どうにも周りの男性陣がハイレベル過ぎるような気がしてきた。これはゆゆしき問題だ。これに慣れてしまったら、それこそ一生彼氏なんてできやしない。女性としての機能はまるで活用されることなく人生が終わりそうだ。
やっぱりわたしは、楽器を弾くくらいしか能のない人間なのだなと、悲しい結論に至った辺りで信号が青に変わった。
誰かに追われているわけでもないのだから、もうゆっくり歩けばいいというのに、青に変わった瞬間に周囲のサラリーマンに紛れて交差点へなだれ込む。
前へ、前へ、ひたすら足を出す行為に集中する。
ヤマケンくんと水谷さん、びっくりしただろうな。いや、呆れてるかな? 何にも関係ない人間なのに。あんなにえらそうに断言なんてしちゃって本当に恥ずかしい。わたしごときがいったい彼の何を知っているというのだ。
彼があの大学に入ることには特別な意味があって、そのためにずっと頑張ってきていて、、、なんてこと、水谷さんだってよくわかってるはずだ。わたしは彼の横で一緒に勉強をしているわけじゃない。もちろん模試の結果だって知らないし、そもそも東大理三がどれだけの難関なのかも具体的にはよくわかっていなかった。
ああ、もう、、、 久しぶりに、、、久しぶりに会えたのに。 もっとお話したかったのに。
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