ウミノアカリ | ナノ



07 日本の文化。
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女ってのは、他人の恋愛話をやたらと事細かに知りたがる生き物だと思っていたけれど。

意外なことに、サヤカは水谷雫の件を成田サンに報告したりはしていないようだ。まさか二人してオレにまるで興味ねえって、、、いやいや、そんなわけはねえ。あれだ、噂話好きな女ばっかりでもないってことだ。

ふーん。

「あいつ、けっこういい女だな。」
「え?サヤカ?そりゃそうだよ!すごいいい女だよ!!」

眼下の式典をキラキラした目で見ながらも、口ではサヤカがいかにいい女かを力説する成田サン。女ってのは器用なもんだな。男よりも女のほうがマルチタスクでいろいろできる気がする。

そんな彼女の後頭部を見下ろしていると、ここが海外であることなんて忘れてしまいそうだ。それこそ半年前のあの冬の日に戻ったような、そんな錯覚に陥る。日本に戻れば、うだるような暑さが待っているというのに。

と、その時、海外のプレスらしき二人組が、ベラベラと喋りながらやってきて、背後にある椅子に座った。

否応なしに入ってくる耳障りな声に、眉をひそめていると、「Mr.Karaki」という固有名詞が聞こえてハッとする。
あれ、成田サンとこのじいさんの名前じゃねーの?そのままなんとなく聞き耳を立てていると、どうやら先程の彼女の演奏を酷評しているらしかった。

後ろを向いているとはいえ、目の前に本人がいるってわかってねーのか?アホだなこいつら。つかあれか、成田サンが地味すぎんのか。オフステージの彼女のオーラの無さは、異常。ただステージ上での存在感がすごすぎるのか、素の彼女が地味すぎるのか、そこいらへんはけっこう紙一重だ。

聞こえてくる単語を片っ端から日本語に訳していく。letdown、なんだっけ?失望?期待はずれってことか??mistressって女将だっけ?主婦??なんだそら。

そういえば、前にもこんなことあったよなあ。あの時は、確か、音女の同級生から女の嫉妬の塊のような酷評を受けていた。足元にへたり込んで、ションボリしている成田サンを半笑いでいじるのはけっこう楽しかったような覚えがある。なんだかんだ言っても成田サンは図太い。普通の女だったら女友達とのもめごとには、過剰に反応してよさそうなもんなのに、恥ずかしそうに「人望なくてスミマセン、、、」とか言いつつ、大したダメージを受けていないところがバレバレだった。

思い出し笑いを必死にこらえつつ、横にいる成田サンを小突いて「なあ、mistressってなんだっけ?」と聞けば、彼女はこちらを振り返りもせずに「妾」と答えた。

え?

その内容もさることながら、今まで聞いたこともないような声のトーンに、思い出し笑いどころではなくなり、背筋がひやりと冷たくなる。

「ミスターカラキの弟子は、今まで日本人離れした表現力豊かな演奏者ばかりだったのに、今度のあの小娘はまったくダメだな。期待はずれもいいとこだ。カラキももう歳なんじゃないか?いやむしろ若いじゃないか、妾なんだろ?ああ、神よ!それには歳が離れすぎてないか?いやいや、日本人は若すぎる女が好きって話だからな。アッハッハ。the Tale of Genjiって知ってるか?ああ、なるほど元々そういう文化なのか、」

そんなに早く喋れたのかよってくらいの早口で後ろの男たちの会話を翻訳し始めた成田サンの肩を、壊れ物でも触るかのようにそっと抱くと、後ろにいる男たちに向かって「源氏物語の話なら外でやってくれ。」と低い声で伝えてガンを飛ばす。ここはあえて日本語。オレ日本人、そして、横の女はその噂話の本人だというアピール。

こちらの意図をしっかり汲み取ったらしく、男たちが慌てた様子で席を立って出ていった。

「ああ、そうか。the Tale of Genjiって源氏物語か。」
「おい。」
「そっか、そっか。さすがヤマケンくん。」
「おい、成田!!」
「え?なあに?」

振り返った彼女の顔は真っ赤で、目には今にも溢れ出しそうに涙が溜まっていた。

「、、、ゴメンね。わざわざ訳さなくても、ヤマケンくんなら全部わかってたよね。」

必死に笑おうと顔を歪める、弱々しく健気な様子を見ていると、本気でさっきの連中に殺意がわいてくる。
その時、ちょうど式典が終わったらしく、周りが次々に起立し、大きな拍手と歓声が会場を包み込んだ。

成田サンはその喧騒に紛れるかのように「わたし、本当に恥ずかしい、、、」とつぶやくと、「じゃ、そろそろ行くね」と小さく手をふり、人ごみの中に消えてしまった。


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