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61 戻っておいで。
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遅れてやってきた山口先生が病室に入り、しぱらく中で何か話をしてから出てきた。表情からは何も伺えない。いつも通りのまま、こちらをチラリと見てヤマケンくんに目を合わせる。

「ああ、お前もいたのか。急変の現場には?」
「いた。」
「それで.....」

しばらくの間、ヤマケンくんと先生が話しているのを隣でぼんやり聞きながら、どうしたって病室が気になる。そんなわたしに気がついたのか、先生は穏やかな笑顔を向けると「もう入ってもいいよ。」と告げた。



病室を慌ただしく出入りする看護師さんの邪魔にならないようタイミングを見計らいつつ中に入ると、ベットの上にはいつもと変わらない光景があった。

唐木先生の呼吸に合わせ、静かに上下する白いシーツ。

ああ、いつもの唐木先生のリズムだ。

ここ数週間見続けたその光景が戻ってきたことに、ホッとしたような、寂しいような、わけのわからない感情が湧いてきて戸惑う。さっき会話を交わした先生は、またわたしの声の届かないところに行ってしまったのだなあ、と。たぶんそんな寂しさ。


しばらく一人でボーっとしていると全ての看護師がいなくなり、いつも通りの静けさを取り戻した病室に山口先生が入ってきて唐木先生の病状を説明してくれた。

最初にお見舞いにきたあの日、先生が「もしかしたらお別れが言えるかも」と言ったあの日から数週間。今となっては声を出すこと自体、奇跡のようなものだったらしい。

幸いにも様態は持ち直し、ここから、また、「現状維持」となるらしいが、それはすなわち「緩かな衰退」をまた黙って見ていろということだ。

ペコリとお辞儀をして病室を出れば、壁に腕を組んで寄りかかっていたヤマケンくんが、一言「送る。」と呟いて背中を向けた。

久しぶりに見るそのスラリとした後ろ姿を眺めながら、どこをどう歩いたのかまるで覚えていないが、気がついたらバス停に着いていた。

「タイミングわりいな。前のバスが行ったばっかだ。」
「、、、うん?うん。」
「どうする?車拾うか?」
「、、、ああ、うん、、、」
「「・・・・・。」」

「おい!」

生返事を返すわたしにイラついたヤマケンくんが少し大きく呼びかけたことによって、ぼんやりと現実感を失っていた脳内が急にクリアになった。

「え、あ、ゴメンなさい!ええと、わたし、このままバスを、、、」
「あんたさあ、、、」
「え?、、、えっ、ゴメンなさい、」

ヤマケンくんは、慌てて謝罪を繰り返すわたしをだいぶ高い位置から見下ろすと、はあっと大きくため息をついてから「腹減った。昼飯食いに行くから付き合って。」とわたしの手を取って歩き出した。

手を。取って。


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