57 そういう感じ。
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重要な急患とやらのせいで病院に泊まりこんでいる親父に着替えを届けるため、こんな朝早くから病院へ。冬休みのドバイ行きが無くなったせいで、この一週間、母と伊代は不機嫌極まりなく、まったく使えないためオレにその役が回ってきていた。
百歩譲ってそこまではいいとして、、、 なんだあれは。
院長室へと向かうはずの廊下で、見覚えのありすぎる二人を見つけてしまった。猫背の長身、本心の読めない苦笑いの顔、あれは例のピアノ講師。そして後ろ姿ではあるものの、その男に頭をなでられて縮こまっているのはどう見ても成田愛だ。
二人の距離は今までに見たことがないくらい近く、特に理由はないのだが、漂う雰囲気は明らかに師弟のそれではないように感じた。
あっそ。
、、、結局そういう感じになったわけ?
オレにはまったく関係のないことのはずなのに、どうしようもなくイライラする。条件反射でクルリと踵を返して、ちょうど開いたエレベーターに乗ると、中には偶然、他の医師を引き連れた親父が乗っていた。
「ん?なんだ賢二、こんな階で。院長室はもう2個上だぞ。」 「・・・・・。」 「まあいい。着替えだろ?スマンな。」 「別に、、、それより、そこで成田サンに会ったんだけど。」 「ああ、ほら、ストックホルムで診たろ?あの先生、今うちにいるんだよ。」 「、、、へえ。」 「残念ながら、もう長くはないからな、、、今のうちに会いにきてるんだろ。身内みたいなものらしい。」
思った以上に深刻な話に、面食らう。
そうか、あのじいさんがそんなことに、、、、、成田サンは大丈夫なんだろうか?ストックホルム上空では、少し発作を起こしただけであの取り乱し様だったし、そういうことに関してとことん弱そうな気がしてならない。なんというか、彼女があのじいさんに依存している部分というのがとてつもなく根が深い気がする。
そして、そんな重要な場面に付き添っているあのピアノ講師を思い出し、再度、無性に苛立ちのようなものがこみ上げてきた。クソッ、朝から嫌なもん見ちまった。
エレベーターは院長室のある階に止まり、他の医師たちと別れた親父の後を追い院長室に入る。持ってきた荷物を革張りのソファに置くと、早々に退散することにした。
「じゃ、オレ、これで帰るから。」 「ああ、母さんに、よろしく言っといてくれ。まだ怒ってるのかあいつは?」 「大丈夫だよ、ちゃんとわかってんだろ。」 「まあ、そうなんだけれどもな。約束を違えたことは確かだから。」 「ふうん。じゃ、早いとこご機嫌とっといて。」 「それよりお前、昨日まで予備校だったんだって?志望校はまだ変わらないのか?」 「ああ。」 「まったく、、、ほんとに、お前は、」
そこまで言って、何かを思い出したのか、親父が小さく笑った。
「なんだよ?」 「いや、こないだな、あの子が言ってたことを思い出してな。」 「あの子?」 「ああ、成田さんだよ。彼女がお前のことを"努力のできる、すごい人だ"って。"尊敬してる"って言ってたぞ。」 「、、、、、へえ。」 「あと、山口家の呪縛も悪いことじゃないって。さ。変な子だな。」 「まあ、変なヤツだってのは否定しない。」 「でも、芸術家だから常人には理解できない感じの子なのかと思いきや、話すと意外と普通の子だったりしてな。いやあ、わたしはけっこう彼女のファンだよ。日本にはいつまでいるのかねえ?」 「さあ?とりあえずこないだの留学は、あの先生ってのについて行ってただけらしいから。」 「なんだ。そうなのか。」 「その先生が今はうちの病院にいるんだろ?そしたら、成田サンだって必然的に日本にいることになる。」
ただ、その先生が、もう長くないってことは、、、
彼女はまたどこかに行ってしまうんだろうか?
「なあ、」 「ん、なんだ?」 「その入院してるせんせーのさ、病室って何号室?」
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