56 ニアミス再び。
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ようやく取れた半日休み。 まあ、休みというか、次の仕事が午後からってだけなんだけど、今年最後の日である今日のうちにどうしても愛ちゃんに会っておきたかったわけで。
朝の明るい日差しの中、待ち合わせ場所で佇んでいる小さな背中に向けて控えめにクラクションを鳴らすと、跳ねるように振り返った様がまるで小動物のようで思わず笑ってしまう。
寒さのせいだけじゃない少し照れたような赤い頬で、困ったみたいな顔をして、それでも小走りに駆け寄ってくる彼女が愛しい。
かわいーよな。ほんとに。
なんとなくわかっている。今日たぶん、俺はフラレるんだろうって。 さすがに「あわよくばなんて期待は微塵も持たなかった!」とまでは言わないけれど、それでも自分が彼女の隣に並べる気がしなかったのは確かだ。年齢云々とかそういうことじゃなく、これはたぶん気持ちの純度の問題。
瀬野くんの言ってたことは、悔しいけれども当たっている。
車を停めてシートベルトを外し、身を乗り出して助手席を開けてやる。乗り込んできた愛ちゃんは、満面の笑みを浮かべた俺を見てさらに困惑顔だ。
「な、何かわたしおかしい?ですか??」 「いや?んー、、、さっきクラクション鳴らしたときの愛ちゃんがさあ、あれに似てるなあって、」 「あれ?」 「なんだっけ、あれ、、、えーと、」 「なんです?」 「そうだ、プレーリードッグ!」 「ええっ!?」 「ほめてるんだよ?」 「ほめてません!それ、ちっともほめてません!!」
顔を真赤にして抗議する彼女がシートベルトを締め終わったのを確認したら、サイドブレーキを戻してギアを入れる。さて。出発だ。行く先は唐木氏の入院先。
「お仕事は何時からなんですか?間に合いますか??」 「ああ、うん。直接行くから、11時半に病院を出れば十分かな。あと二時間はあるから大丈夫。帰り送ってあげられなくてゴメンね。」 「そんなこと!それより秋田さん本当に忙しいのに、、、こんな朝早くに、」 「いーんだよ。俺が行くって言いだしたんだから。」
あれから毎日通っているという病院に、せめて一度くらいはついていってやりたかった。愛ちゃんが、日に日に衰弱していく恩師をどんな気持ちで見つめているのだろうかと考えるだけで、胸が締め付けられるようで。結果的にこんな強行軍。
「でも、なんだかわたし今日こそは先生とお話ができそうな気がするんです。そういえば今まで午前中の早い時間に行ったことなかったですし!」 「ふうん。じゃあ、きっと大丈夫だよ。」 「はい!」
口先だけで「大丈夫だ」なんて言うべきことじゃないとわかっていても、そうであって欲しいと心から思っているんだからしょうがない。
ドライブを楽しむこともできないくらいあっという間に病院に到着し、人影のほとんどない病院の廊下を並んで歩く。この短期間で通い慣れてしまったのであろう愛ちゃんが、顔見知りの看護師と挨拶をしたりするのを横でボーっと見ていると、看護師のお姉さんがこちらをチラチラ見あげながら声を潜める。
「お。成田さん、今日は彼氏も一緒なのね。」 「え!?ち、ちがっ、違います!!」 「あら、違うの?」 「いや、あの、この人はその、、、」
あまりに狼狽えている愛ちゃんに、苦笑いで助け舟を出す。
「あのー、僕は成田さんにピアノを教えてる者です。唐木先生にもお世話になっていたので、お見舞いに。ね?」 「やだ、そうだったんですか?失礼しました!ついつい、、、」 「いえいえ。」
にこやかに去っていく看護師とは対称的にに、愛ちゃんの顔はすっかり強張っている。まあ、そうか。彼氏と間違えられて条件反射でバッサリ否定した相手は、つい最近、自分に告白してきた男なんだから。いくらそういうことに鈍いとはいえ、まずかったと思っているのだろう。
ああ、なんかなあ、、、
このどっちつかずな状態がけっこう楽しかったんだけど、彼女の精神衛生上、そろそろちゃんとしてあげなくちゃダメなんだろーな。
「愛ちゃん?」 「あ、、、はい!あの、秋田さん、わたし、、、あの、、、、」 「いいよ、別に。そんなに気にしないで。」 「そういうわけにはいきません!違うんです、、、わたし、、、ええと、」
泣きそうな顔で見上げてくる彼女の頭に、ポンと手を乗せる。
「ゴメンね。自分でもわかってたんだけど、ついついね。」 「ち、ちがっ、」 「ちゃんと返事を聞かなくちゃいけないのに、わざとはぐらかしてた。」 「わ、わたし、、、でも、さっきのは本当に違うんです!」 「うーん。じゃあ、俺のもんになってくれんの?」 「や、それは、、、その、、、」 「ふふっ。冗談だよ。」
その時ふと、愛ちゃんの向こう側に、小さな人影が目に入る。
ふうん。やっぱり、こういうのは縁だよね。
「愛ちゃんは、きっと今でも山口くんが好きなんでしょ?」 「あの、、、わたし、、、ううう、ゴメンナサイ、、、しつこいってわかってるんですけど、、、諦めなくちゃいけないんですけど、、、」
小さく震える彼女の頭を、そっとなでる。
そんな顔しなくていいよ。愛ちゃん。 そして、たぶん諦めたりもしなくていい。
だって、ほら、君の後ろ。 ナースセンターの向こう側に、こちらをじっと見ている人影があるでしょ。
仮に、君にまったく興味がないというのなら、どうしてあんな憎々しげな顔で俺らを睨みつけているのだろうねえ?
山口くんは。
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