ウミノアカリ | ナノ



55 じゅばく。
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冬休みに入り、ほぼ毎日のように病院に通う日々。
病院内にもすっかり詳しくなって、入院病棟の看護師さんとも顔見知りとなっていた。

「あら、成田さんいらっしゃい!今日は目も開けてらっしゃるし、顔色もよかったわよ。」
「ほんとですか!あの、、、お話はできそう、、、ですか?」
「うーん。わたしが行ったときには、お声は出てなかったけれども、、、」
「そう、ですか、、、」

もうあと数日で今年が終わろうというのに、わたしの来るタイミングがことごとく悪いらしく、いまだ唐木先生とは目を合わせることすらできていなかった。

病室に入る前に、いつもの自販機でココアでも買って行こうかと廊下を歩いていると、ちょうど向こうから山口先生が歩いてくるのが見えた。お一人ではなかったので会釈だけして通り過ぎようとすると、軽く手をあげ、「ちょっとそこで待ってて」というような仕草をされる。

とりあえず立ち止まって廊下の端に避けていると、山口先生は隣を歩くスーツの男性に何か指示を出しながら看護師の差し出す書類にサインなんてしている。お忙しいのだなあ、先生は。

それにしてもなんだろう?

あれから、山口先生とは何度も院内で顔を合わせているが、こうして呼び止められたのは初めてなので少し戸惑う。まさか唐木先生に何かあったんだろうか?でも、さっき、看護師さんはそんな風には、、、

わたしのそんな不安をよそに、先生はスーツの男性と別れると、ひょいひょいと軽い足取りで真っ直ぐにわたしの前に向かってきて、「お茶でもどうかね?」とおっしゃった。

−−−


「あの、、、こんなところわたしなんかが入っていいんですか?」
「ああ、かまわないよ。院長室って書いてあったろ?わたしの部屋だ。」
「え!?山口先生は院長先生なんですか!?この病院の??」
「ん?言ってなかったかな。」
「聞いてません!!」

すごい。なんてこった。ヤマケンくんのお父さんがこんな大きな病院の院長先生だったなんて、まったく知らなかった。そういえば「山口病院」って、山口って、、、付いてるじゃないか!わたしの目が節穴すぎる!!

「ああ、でもだからヤマケンくんも医大志望なんですね、、、」
「賢二はそんな話を君に?」
「いえ、、、あの、前にわたしの進路についての相談をしたことがあって、、、そのときに東大理Vに入って医者になるのが無難だろう、なんてことを、、、」
「へえ。そんなことをあいつがね。」
「や、もちろん無難だなんて、本当は思ってないと思いますけれども、」
「成田さんはどう思ってるんだい?」
「え?」
「海外にまで出て活躍するような君にとっては、やっぱり東大医学部くらいじゃ大したことない?」
「ええと、、、」

なんだろう。何を聞かれてるんだろう??
先生の質問の意図をはかりかねて、オロオロとしているとちょうど秘書の方が紅茶を淹れたカップを持って、院長室に入ってきた。勧められるままにカップを手に取り香り高い紅茶を口に含むと、山口先生はソファにどかっと腰を降ろして、独り言のように話しだした。

「元々はうちの親父、つまり賢二の祖父が東大医学部出身なんだがね、とても頑固な人で、自分の歩いてきた道が最良の道だと頑なに信じている。うちの病院の医師は、ほとんどが東大医学部卒だよ。」
「先生もですか?」
「そう。東大医学部卒。ただ、わたしは親父ほど出来がよくなかったからね、入るのに人よりも余計にかかった。大学受験と、国家試験だけは、今でも夢に見てうなされることがあるくらい苦しかったなあ。あんなプレッシャーは二度と味わいたくないよ。」
「・・・・・。」
「賢二には、医者になるとしても他の大学でいいと言ったんだがね。だいたい研究医を目指すわけじゃないのなら、東大医学部にそれほどメリットがあるとも思えない。それなのにあいつは、頑なに親父の意向を、、、バカバカしい話だ。完全に、単なる山口家の呪縛だよ。」

呪縛、、、
それは本当にバカバカしいことなのだろうか?

中学のときがどうだったのかは知らないが、出会った高校一年の時点で彼はいつだって真面目に勉強をしていた。予備校で会うときは他の誰よりも真剣に授業を受けていたし、外でトミオくんやマーボくんと遊んでいるときだって、なんだかんだと参考書を読んでることが多かった気がする。

というか、わたしが知らない中学時代だって、それよりも幼少の頃だって、きっとコツコツと勉強してきたんだろう。そうでなければ、全国模試であんな成績を取れるわけがない。

それは、わたしのヴァイオリンと一緒だ。
コツコツと、彼が一人で積み上げてきた結果なのだ。

「あの、、、わたしも元々は大学を外部受験するつもりで予備校に行ってて、」
「ああ、そこで賢二と一緒だったそうだね。」
「はい。それで、わたしも自分ではかなり一生懸命勉強していたつもりだったんですけれども、ヤマケンくんたちには到底及ばないような成績で、、、だから、あれだけの成績を維持しているヤマケンくんは、本当にすごいなあって、、、あの、ものすごく尊敬しています。それだけの努力をできる人だって。すごいなあって。だから、、、」

ああ、わたし何を言ってるんだろう。喋りながらも、だんだん何が言いたいのかわからなくなってきたぞ、、、

でも、言わなくちゃ。

そうだ、

「大したことじゃないだなんて、思いません。それに、自分が尊敬する人に近づきたいという気持ち。それに縛られるのは決してバカバカしいことではないです、、、と、思います。」

勢いづいて一気にまくし立てた割に、直ぐ様、出すぎたことを言ってしまったかとオドオドしてしまう。両手に持ったカップ越しにそっと向かいに座る山口先生を覗き見ると、少し驚いた顔をした後に、「ぜひ、そうであって欲しいね。」と微笑んだ。

「それで、だ。話がそれてしまったが本題に戻すと、」
「はい。」
「成田さん、お正月はヒマかね?」
「へ?あ、はい。もちろん学校はお休みなので、、、」
「旅行とかは?」
「いえ、特には。」
「実はうちの病院では、ご家族がいなかったり、一時退院できる状態でなかったりと正月でも入院病棟にけっこうな人がいてね。毎年、年始にはロビーで小さな慰問コンサートを開いているんだが、弾きに来ないかい?」
「え?」
「もちろん少しだがギャラは出るよ。学校がそういうのがダメということならボランティアとして弾いてもらって、ギャラは個人的なお年玉ってことで。若い人がたくさんくるとお年寄りは喜ぶからね、本当なら学校のお友達と何人かで合奏とかだと嬉しいけれども、、、時間もないしそれはさすがに難しいかな?」

そういえば、二学期の課題で弦楽四重奏をやったばかり。クラスの中でも仲良くさせてもらってる子達だし、病院での慰問演奏だと頼めば二つ返事でやってくれそうだ。どうせ毎日のように病院に来ているのだから、そんな日があっても全然いい。むしろお役に立てるなんて嬉しい。というか、お世話になっている山口先生のお願いであれば、ぜひとも応えて恩返ししたい。

「あの、、、弦楽四重奏とかでもいいですか?」
「もちろんもちろん。」
「他のメンバーに聞いてみます。詳しい日時を教えて下さい。」

先生は机の上からメモを取り出し、白衣のポケットに刺してあった万年筆を取り出すとサラサラと詳細を書き始めた。読みやすいとは言い難い達筆なその字を見ながら、演奏場所のロビーを頭に思い浮かべる。

そういえばこのロビーは吹き抜け。先生の病室の前まで音が届くかもしれないなあと、ぼんやり思った。


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