54 わたしが知りたい。
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病院からの帰り道、ちょうどバスを降りたタイミングでポケットの中で携帯が震える。画面を見ると、秋田さんだった。
「、、、もしもし?」 『あ、愛ちゃん?今大丈夫??』 「はい、ええと、、、今バスを降りたところで、」 『出かけてたの?そりゃ良かった。』 「良かったって、何かあったんですか?」 『や、ちょうど、さっきまでテレビの生放送だったから、見られてたら恥ずかしいなあって、、、』 「そういうことは放送前に言ってください。見たかったです。録画してます?」
「やだよ。あんな神妙な顔で弾きまねしてるの見られるの。」と言いながら笑う秋田さんの声に、重く沈んでいた気持ちが少しだけ和らぐ。
『ねえ、、、なんか、あった?』 「え?」 『聞いてもいいかな?どこ行ってたの?』 「ええと、、、、、病院です。唐木先生のお見舞いに、、、」 『あ。そうなんだ。具合はどう?』 「・・・・・。」
どうって、、、
『愛ちゃん?』 「えと、、、年明けくらいにはお別れしなくちゃならないそうです。」 『え!ど、どういうこと!?』
どういうことだなんて、わたしが知りたい。
「わたしも知らなく、て、、、せ、んせいが、そんなに悪い状態だったなんて、、、なんっ、何にもっ、知らなくっ、、、」
大事な話だし、きちんと落ち着いて話さなくちゃいけないと思っているのに、言葉がうまく出てこない。バスの中でずっと我慢してた分、溢れだした感情を、抑えきれずにしゃくり上げるようにして現状を伝える。そんなわたしの話を、秋田さんはたまに相槌を打ちながら最後まで辛抱強く聞いてくれた。
『、、、愛ちゃん、今どこにいるの?誰か一緒にいる??』 「家の、ちっ、近くのバス停っ、、、おり、、ひとりだけっ、ど、、、もうすぐ家につ、つきますっ、、、」 『そっか、、、まだ仕事があるからそっちに行くことはできないんだけど、家につくまでは電話繋いでおいていい?』 「っは、い。」
そう返事した後、秋田さんの後ろから誰かスタッフの人であろう声が呼んでいるのが聞こえる。そうだ。秋田さんはまだ仕事中なんだ。わたしなんかにかまってる場合じゃない。
「あの、、、大丈夫です、わたし、だ、だいじょ、、ですから、、、秋田さん、呼んっ、でますよ?」 『うん、聞こえてる。』
聞こえてると言いながらも電話は切れる気配がなく、寒いね、今日あたり雪が降りそうだよね、なんて当たり障りのない天気の話をしつつ、家に到着したことを報告してようやく秋田さんは仕事に戻っていった。
秋田さんに話をしたおかげで、少しだけ落ち着いた気持ちで「ただいま」を言える。
そして、ずっと玄関先で待っていたのであろう母は、涙声で「おかえり。先生の病状、黙っていてゴメンね。」と言うとわたしを抱きしめた。
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