06 動揺バルコニー。
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例のお医者さま(山口先生)の息子さんがヤマケンくん。 もちろん、飛行機の上で会ったのも、妄想の産物ではなく本人。
というわけで、今、わたしは関係者に開放されている2階のバルコニーから、ヤマケンくんと肩を並べてスウェーデン王室の式典を見物している。「上からの方が見やすいですよ」と、山口先生も一応誘ってみたのだけれども、娘さんと奥様が待っているとのことで、ヤマケンくんが席に忘れていた携帯電話を手渡すと自分の席に戻っていってしまった。
チラリと横目でヤマケンくんを覗きみると、濃いグレーのスーツ姿。正直言ってかっこいい。すごくかっこいい。もちろん眼下の式典に出ている公爵殿下の王子様オーラは半端ないのだけれども、わたしの隣のヤマケン王子も負けてないです。な、の、で、
緊張する。すごい緊張する!!
今朝、突然思い立ってこの音楽祭を見に行くことにしたと山口先生は言っていたけれども、どうして山口家の人々はスーツなんて持ってるんだろうか。仕事でもない限り海外にスーツなんて持っていかないよね?どちらかというと荷物を少しでもコンパクトにするためにシワにならない服とか、バスルームでもザバザバ洗えちゃうような服とか、、、
そんなことを思いながら引き続きチラチラと横目で見ていたら、その気配に気がついたのかヤマケンくんがこちらを見下ろす。
「何?」 「え、いや、、、えーと、旅先なのによくスーツとか持ってたなあ、、、とか?」 「入る店によっては、ドレスコードとかあんだろーが。」 「あー、そう、、、だよね。必要だよね旅先にスーツ。」
いや。ドレスコードのある店とか、そんなにないですから。というか、そんな高級な店でご飯食べませんから普通。
もちろんそんなこと口に出せるわけはなく、心の中で気弱なツッコミを入れながら目線を眼下に戻す。
ど、ど、ど、ど、どうしよう!久しぶり過ぎて何喋ったらいいのかわからないどころか、どう接したらいいのかすらわからない!!日本にいたときは、どんな感じだったのか、、、敬語だったっけ?むしろもっと親しげだったっけ?うーあー、 mein Gott!!!
「そういえば、成田サンさ、」 「は、はいっ!!」
突然話かけられたせいで、背筋がビッと伸び、 思ったよりも大きな声が出てしまう。
「・・・・・」 「あ、ご、ごめん。うるさかったよね、、、」
周りを気にして小声で返事をし直すと、あの、いつもの人を小馬鹿にしたような顔のままわたし見下ろしながら「そーだな。」と言うヤマケンくん。ああ、そんな顔にすら、なつかしい気持ちで嬉しくなってしまうのだから困る。もうヤマケンくんならなんでもいいのか?節操無さすぎだろ、わたし。
「あのさ、なんかサヤカから聞いてない?」 「え?サヤカから、、、、、ああ、聞いた!こないだスカイプで聞いたよ!!」
あれでしょ?ヤクザの息子ともめて、うんぬん。
「大変だったね。災難だったよね。」 「、、、ちっ。やっぱりしゃべってやがったか。つか災難ってなんだよ、失礼な女だな。」 「でも、みんなが無傷で良かったよ。」 「は?」 「え?だから、サヤカの知り合いがヤクザの息子でってやつでしょ?」 「いや、、、ああ、まあそれだ。それそれ。」 「?」 「あー、あいつ、他に何か言ってなかったのかよ?」 「いや、、、ヤマケンくんに関しては特に、、、」 「あっそ。ならいーわ。」
なんだろう。変なの。
「あいつ、けっこういい女だな。」とヤマケンくんが言うのを聞きながら、チクっと胸が痛む。う、、、もしかして、サヤカのこといいなーとか思い始めてる?ライバルがサヤカだなんてもう逆立ちしたってかなわない。もともと、水谷さんが相手だったとしたってかなわないのだから、状況は変わらないのだけれども。
ヤマケンくんが一緒にいると、この半年間、音楽ばかりに夢中になっていたせいでピクリとも動かなかった胸の奥の、なんだかよくわからない部分が、ムズムズと動いて困る。わたしの中のまだよく知らない部分が、嬉しいような悲しいような、そんな気持ちで埋め尽くされていくんだ。これが「切ない」ってヤツだろうか。
そういえば、ドイツ語には「切ない」ってないよなあ。Ich bin schmerzhaft. とか?いやいや、それじゃあ、痛いだよな。
眼下で厳かに行われている式典は、そろそろ終わりそうだ。 できれば早くこの音楽祭自体が終わって、先生のいる病院に戻りたいところなのだけれども、
あと、もう少し。もう少しこのままで。
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