51 とても好きだ。
=====================
「ねえ、俺いらなくね?これ、正直、俺じゃなくてもいいよね??」 「いやー、リコさんがどうしてもって言ってるんで無理っす。」 「だって、生放送だけど生演奏じゃないでしょ?オケ流して当て振りでしょ??他のメンツはRECと違うんだし、ピアノも、もっと見目麗しい男の子連れてきなよ!」 「秋田さん、十分に麗しいんで大丈夫っす。あと20分でリハ始まるっす。」 「もう、瀬野くん代わりに出てよー。」 「僕、ブースでちゃんとエンジニアとしての仕事があるんで無理っす。」 「えええー。」 「バッチリ音出ししてますんで。しっかり弾きマネしてくださいね。」 「くっそー、俺、そっちの役がいいなあ。」 「何言ってるんすか。ダメに決まってるでしょ。」
ただでさえ仕事が立て込んでいる年末に、なにが悲しくてテレビ出演、しかも演奏するならともかく当て振りなんてしなくちゃならないのか。まったくもって腹立たしい。プライベートに割ける時間がほとんどないせいで、こないだ勢いで愛ちゃんを口説いたわりに、何の成果もないまま保留にされてるっつのに。
でも、正直、保留にしているのは彼女じゃなくて俺だよなあ。
あの、「単なる身内」としてしか見ていなかったであろう愛ちゃんが、明らかに浮足立って、意識してキョドっているあの空気がくすぐったいというか、楽しいというか、まあ、なんというかそれだけじゃなくて、、、、、単純にそこから先に進みたくないというか。時間を見つけては彼女に連絡を入れるものの、未だ核心には触れられずにいる。
仕事現場の喫煙所で瀬野くん相手にボヤきながらも、気がつけばついつい愛ちゃんのことを考えてしまう。そして、ついつい口から出てしまった。
「そういえば俺さ、」 「なんすか。ジョブチェンジは無理ですからね。」 「ああ、うん。そうじゃなくて、こないだの帰り道にさあ、」 「ん?、、、ああ、天海梢子のコンサートの?」 「愛ちゃんに告ってみたんだよね。まだ返事聞けてないんだけどさ、フラれっかなあ?俺。」 「・・・・・はあ?」
予想外過ぎて何を言ってるのかまったくわからない、という顔つきの瀬野くんを見下ろしながら、急に恥ずかしくなってきた。そりゃそうだよな。こんなオッサンが、あんな若い女の子に。
「あ、あのさ。別にあれよ?やらしー意味じゃなくてさ、」 「なんすかそれ。やらしーの抜きにして30近い男が女の子口説きますか?」 「や、そうなんだけどそうじゃなくて、えーと、ほら、元気なかったからさ、」 「元気ない女の子がいたら、とりあえず告るんすか?なんすか?ハイエナ?」 「違うっ、違うってば。そうじゃなくてさ、なんていうか、、、なんとかしたかったんだよ。失恋したとか言って凹んでてさ、そんな凹むくらいなら俺にしとけばいーんじゃない?って。」
未だ不満気な顔をした瀬野くんに、何やらせっせと言い訳をしながら、ふとあの日のことを思い出す。
「それに、瀬野くんだって、けしかけるようなこと言ってたじゃんよ!」 「え?ああ、、、そういえば、そうっすね。」 「でしょ?」 「あー、うん。でも、あの時点では秋田さんと愛さんってアリだと思ってたんすけど、、、」 「けど?」 「んー、なんというか、今はナシです。」 「なんでよ!?」 「だって秋田さん、、、本当に愛さんのこと、そういう意味で好きですか?」 「、、、なんでよ。」 「僕の勘違いならいーんですけどね。」
瀬野くんは携帯をチラリと見て「そろそろ時間っす。」と言うと、煙草をもみ消して喫煙所から出て行ってしまった。慌てて近くの灰皿に煙草を押し付けてからその後を追う。
好きだ。
彼女のことが好きだ、と、強く思う。 これは確かな事実だ。
正直、年の差のこともあるし今までの関係性を考えるとおかしいかもしれない。ここ数年、妹のように思い、指導者や保護者という立ち位置で接してきた女の子に対しての好意を、恋愛的なものとするのは無理がある。それでもこの気持ちは、単なる「好意」ではすまされないくらい大きくなってしまっているのは事実だ。
彼女のことが可愛くて仕方がない。あの柔らかそうな髪に触れたいと思う。華奢な肩を抱きしめ、自分の物にしてしまいたいとも。
そして、心から彼女の音楽を欲して、待っている。 彼女の音が高らかに鳴り響くのを。
だから、もしも立ち止まり悩んでいるのなら、なんとか力になりたい。自分の手で救いたい。そのために寄り添い、支えになりたいと思う。十分じゃないか!これだけ好きなら立派に恋だ!
、、、だよね? そもそも恋愛って、どんなだっけな?
そういえば、自分から最後に人を好きになったのはいつだっただろうか?相手の好意を感じ取ってなんとなく欲に流されたりするのではなく、純粋に惹かれて、どうしようもなく相手を求めたのはいつだったか。
とりあえずこの収録が終わったら、電話してみようか。
君の、受話器越しの控えめな声も、とても好きだ。
prev next
back
|