50 見知らぬ横顔。
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いったい、なんだったんだろう。
何のリアクションも取れないまま、「もう遅いからまた連絡するね」とだけ言われて車を降ろされた。 玄関先まで出てきた母に「遅くまでつれ回してスミマセンでした」と挨拶したときも、いつも通りの秋田さん。
なのに、見送った横顔は、知らない人みたいだった。
年明けしばらくまでは、テレビやらライブやらでとても忙しいそうで。それでも、あれから2日に1度はメールか電話がくる。そして、内容はこれといって核心に触れるものではなく。
わたしは、いったいどうしたらいいんだろう?
返事を求められるわけでもなく(求められたところで、なんて返事をすればいいのかまったくわからないけどねっ!!)、くすぐったいような気恥ずかしいような未体験の空気に包まれて、わたしのやわな精神は崩壊一歩手前だ。
秋田さんは、お兄ちゃんの友達で、ピアノの先生で、音楽業界の大先輩で、、、やっぱり、歳の離れた優しくて頼れるお兄さんとしか思えない。今までそんな風に見たことがなかったので、急にそんなこと言われても。困る。困っているのだ、わたしは。心底。
だけど、だけど、どうしてこんなにドキドキしているんだろうか。意識しだしたら止まらない。
恋愛経験が皆無なので、この年まで、自分がこんなにチョロい女だなんて知らなかった。好きだと言われただけで、頭の中は秋田さんのことでいっぱいだ。あまりにチョロ過ぎてどうかと思う。
それとも、もしかして自分が気がついてなかっただけで、秋田さんのことをそういう目で見ていたりしたんだろうか?だから、このドキドキはしかるべきドキドキであって、決してわたしがチョロいわけでは、、、って、ほんとに?相手は秋田さんだよ??
背中を丸めて助手席に座るわたしを覗き込んだ、あの顔を思い出す。 「俺、愛ちゃんのこと好きだもん」って。
うあああああああ!恥ずかしい!!恥ずかしいよ!!!なんだこのムズ痒さは!!!!だいたい「もん」ってなんだ!いい歳して!!子供かっ!!!そのくせしてなんだ!あのダバダバと溢れ出る色気は!!けしからんっ!!!
あんな目で見つめられたら、そりゃあ誰だってドキドキくらいするさ。する、、、するよ、するよおおおおお、うああああああんっ、わたし悪くないっ!!わたしがダメなわけじゃないっ!!!
ない頭をフル回転させているわたしとは正反対に、師走の寒空の下乗っているタクシーは渋滞にはまって停滞中。ノロノロと向かっているのは、唐木先生の入院している病院だった。
帰国後、関西の有名な病院に入院していた先生が、先月末から比較的近い場所にある総合病院に変わったということで、母と二人でお見舞いに伺うことになっていたのだ。
先生、具合はどうなんだろう。 バタバタと帰国して以来、電話等でやりとりはあったもののきちんと会うのは初めてになる。
浮き足立っていた気持ちを無理やり引き締めるかのように、母さんとは逆側の頬を軽くツネッてみた。
、、、痛い。
よし。 とりあえず、秋田さんのことはひとまず忘れよう。
や、忘れられるわけないし、忘れちゃダメなんだけども、置いておこう。そうしないとわたしまったく他のことできなくなる。本当にダメな人間になってしまう。今は、とにかくお見舞いだ。お見舞い。おーみーまーいー!
そんなわたしを嘲笑うかのように、カーラジオからは神崎リコの新曲。
がっくり。
ああ、わたし、ヤマケンくんに失恋したんだ(勝手に自滅しただけだけど)。 そして、秋田さんに告白された。
ああああああああ、「俺んとこきなよ」って。来なよって?どこに!?嫁に?嫁に来いってこと??違うわっ!それともあれか?僕の胸に飛び込んでおいでってこと?
うっかり秋田さんに抱きしめられている自分を想像してしまい、 わたしの残念な思考回路は完全に停止した。
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