ウミノアカリ | ナノ



47 3人デート。
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ついつい反射で立ち上がってしまったものの、正直どうしたもんか。

ええと、「もう大丈夫ですよー。」とか言うの?変じゃない??

キッチンへの扉を開けると、グオングオンと大きめの音を立てて回る換気扇のすぐ下で、メールか何かを読んでいるのか携帯をいじっている秋田さんが煙草を吸っていた。

「あ、あの、、、」
「お。愛ちゃんどした?愛ちゃんも煙草?」
「吸いません。」
「あはは。だよねー。」

そんなどうしようもないいつもの軽口に、ちょっとホッとする。

様子のおかしいわたしを心配して、ちょっと考えこんじゃってたりしたらどうしよう、なんて。そんなことを一瞬でも思った自分を、バカ!と叱りたい。そうだ。秋田さんって、こういう人だ。いつだってシラッとしてるくせに、でも、本当はとっても気を使ってくれていて、わたしが困らないように先回りしてくれる。

なので、わたしも何も言わない。「さっきまで、変なテンションでゴメンナサイ。心配かけてゴメンナサイ。」そう心で思いつつも、いつも通りの(まあ、それもわたしの主観でしか無いけど)話し方で、「一般のスピーカーだとまた印象が違いますねえ」なんてさっきの音源の感想を言ってみたりする。

ああ、わたし、本当に秋田さんに甘えっぱなしだ。
そんな、わかりきった事実を噛み締めていると、秋田さんが携帯をしまいながらこちらに目線をうつした。

「あのさ、今日、この後もヒマだって言ってたよね?」
「え?、、、秋田さんの用事があるから、ギャラ(ご飯)は来週って、」
「うん。ご飯は来週行くんだけどもさ、今日の俺の用事、みんなで一緒に行かないかなーって。」
「え?ええと、どういう、、、」
「本当は一人で知り合いのコンサートに行く予定だったんだわ。で、今、その人にお願いしてもう2席用意してもらったの。」
「瀬野さんと秋田さんと、3人でコンサートに?」
「うん。何年か前に見たことあるでしょ?音女の先輩だよ、ピアニストの"天海梢子"。」
「えええ!?」

天海梢子さん!!

忘れもしない、中3の時に秋田さんにチケットを貰い見に行ったあのリサイタル。もうそれまでの音楽人生が変わるくらいに衝撃的だった。わたしが音女を受験するキッカケになった、あのピアニストだ。

「い、い、行きます!彼女、日本に帰ってきてるんですか!?うわあ、なんで教えてくれなかったんですか!!わたし普通にチケット買ったのに!!!」
「いやあ、だってチケット一般発売してないもん。後援会っつか、パトロンばっかり集めた小規模な演奏会だから。」
「そんな特別な演奏会、、、いいいいいんですか?わたしなんかが行って!?」
「うん。ほら、本人も大歓迎って言ってるよ。」

そう言って差し出した携帯の画面には、lineのやりとり。

『てっきりまた来れないとか言うのかと思ったよ。』
『違う違う。今度こそちゃんと行きます。』
『良かった!』
『じゃ、三席お願いしますね。』
『オッケーです!悠介の友達なら大歓迎!受付で名前言えば入れるようにしておくね。』

思わぬ出来事に再び急上昇したテンションが、メッセージを読みながら少しづつ落ち着いていく。

おおお。これ、天海梢子さんが送ってきてるのか。以外とフランクな感じの人なんだな。秋田さんとはいったいどういう関係なんだろうか、、、悠介とか呼んでるくらいだし、きっと仲良しの音楽仲間とか?

「そういえば天海梢子さんって、、、おいくつくらいの人なんですか?」
「ああ、確か俺の1個上?いや、2個だったか??」
「上!?見えない!!ええと、どういったお知り合いで?」
「ん?、、、、、バークリーにいた時に、向こうで知り合ったんだ。彼女が聴講生として一時期在籍してたもんでね。」
「ああ、なるほど。」

そういえば秋田さんは日本の音大を卒業後、アメリカのバークリー音楽大学に留学していたと兄に聞いたことがある。確か、わたしがピアノを習い始めたのは、帰国直後だったような。

そんなことを思い返しながら携帯を秋田さんに返すと、ポケットにしまいながら換気扇を止めて立ち上がる。

「んじゃ、行きますか。」
「はい!」
「瀬野くんも用事ないといいねえ。」
「いやいや、あっても連れて行きましょう!梢子さんのピアノは必聴です!!」
「あはは、すっかりファンだね。」
「もちろん!」
「ふーん、、、俺のピアノと、どっちが好き?」
「え?」

秋田さんのピアノと、梢子さんのピアノ。
あまりにもジャンルが違いすぎて、自分の中で比べようとも思ったことがなかった。

「そんなの、比べられません。」

思わず眉間にシワを寄せてそう答えたわたしに、「そっか」と微笑み、瀬野さんの仕事部屋に戻っていく。その後をついていきながら、もう一度考える。秋田さんのピアノ、、、そういえば、きちんと演奏会のような場で聴いたことないかも。いつだって、レッスン後にお遊びで弾いてくれるのを、ピアノに寄りかかりながら聴いていただけじゃないか。あとは、伴奏をしてもらったのと、何度かライブハウスでセッションを見たことがあるくらい。

これから始まる、梢子さんのコンサートももちろん楽しみなのだが、

ああ、聴いてみたいなあ、、、秋田さんの本気のピアノ。


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