ウミノアカリ | ナノ



46 パラパラ乙女心。
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今、どれくらい自分が落ち着きない様子でいるのかなんて、言われなくてもわたしが一番よくわかってる。そして、秋田さんも瀬野さんも、それを見てみぬふりをして、何も言わずにいつもどおりに接してくれている。あの二人は、見かけはあんなだけれども、やっぱりとても大人なんだ。

そんな二人とは対照的に自分の感情がダダ漏れな、どうしようもなく子供なわたしは、今、きれいなコットンのカバーがかけられた小ぶりなソファに深く深く腰をかけ、お行儀悪くソファの上で膝を抱えているわけで。「ふてくされてます」と、大きな看板を掲げているかのような有り様だ。

目の前のスピーカーからは、こないだレコーディングしたばかりのリコちゃんの歌。たくさんヤマケンくんに助けてもらって、わたしがやり遂げた音楽業界での初仕事。

曲の構成やらなんやらを事細かに知りすぎてるが故に、最初の一回以降は正直言えば素直には楽しめない。ああ、ここのアクセント、もう少しなんとかならなかったかな、とか。わたしの弾いてない音が1、2、3、、、ダブルで入れてるらしいものも数えれば7つ、かな?とか。音の置き場所もバランスも絶妙だなあ、瀬野さんの耳っていうか頭の中ってどうなってるのかなあ、とか。そんなどうでもいいことばかりがグルグルと頭のなかを巡る。

そして、どうしたってあの夜のこと。ヤマケンくんのことが思い出されて、同時にさっきの水谷さんを抱きしめた彼の姿が思い出されて、どうしようもなく苦しい気持ちになる。

そうだ。そもそもこれは恋の歌。
切ない、片思いの歌じゃないか。

「なんだ。わたしにピッタリじゃない。」

吐き捨てるようにつぶやいたちょうどその時、扉が開いて片手におぼんを持った瀬野さんが部屋に入ってきた。急いで足を下ろそうとすると、「そのままでいーっすよ。」と瀬野さんが抑揚のない声で制止した。

「これ、インスタントですけど、コーヒー。」
「あ、、、どうも。頂きます。」
「「・・・・・。」」

秋田さんは、まだキッチンで煙草を吸っているらしく、曲のリプレイが終わって無音のスタジオの中は瀬野さんと二人きり。そして、口数の多い方ではない瀬野さんは、やはり黙ってしまうわけで、、、少し気まずい。さっきまでのテンションで、わたしが喋り倒せばいいのかもしれないけれども、一度自分で気がついてしまったからには、もう一度あのおかしなテンションに戻ることはできない。というか、むしろ、ずっしりと重たい気持ちになってしまってるくらいだ。

でも、何か、、、何かしゃべらなくちゃ。

「あの、、、このカップ可愛いですね。」
「、、、彼女のだから。」
「え!そんな大事なもの、わたし使ってよかったんですか!?」
「や、そうじゃなくて、彼女の見立てってことっす。」
「ああ、なるほど、、、」

彼女。彼女かー。いい響きだなあ。わたしも誰かに「彼女」と言われてみたい。

「彼女」という称号がもらえている間は、相手が自分のことを好きでいてくれるっていうのが公の事実として認められるわけだものね。まあ、世の中にはきっと、大して好きでなくても惰性や損得で付き合ってるようなカップルはたくさんいるんだろうけれども。

無言のままパソコンをいじっている瀬野さんの背中を、そっとのぞき見る。

瀬野さんみたいな人は、きっと「彼女」のことが大好きに違いない。たぶん、「好きでもない女の子の相手なんてめんどくさくてできないっすよー」みたいな感じに違いない。うんうん。きっとそうだ。間違いない。

勝手にそんなことを想像しながらホッコリとした気分になっていると、ちらりとこちらを振り向いた瀬野さんが、もう一度背を向け、肩を震わせて笑い出した。

「、、、な、なんですか?」
「いや、、、なんか女の子は本当に忙しいなあと。」
「?」
「だって、、、茫然自失状態の後、おかしいくらいハイテンションになったと思ったら、ちょっと目を離した隙にふて腐れモード入って、そのまま落ち込んでいくのかと思えば、今はなぜか急に和んでるし。」

音楽の話以外でこんなに長いセンテンスを喋ってる瀬野さんは初めてだ、なんてことに驚きながらも、もう、ここまで自分の感情がダダ漏れだったのかと急に恥ずかしくなる。

「あ、あ、あの、それは、えっと、、、」

うわあ、もう恥ずかしい!
消えてなくなりたい!!つか、秋田さん戻ってきて!!!この部屋の空気を変えて!!!!

「ま、いーんじゃないっすかね。」

そう言うと、瀬野さんは立ち上がって、年季の入ったブルーの大きなマグカップからコーヒーを一口飲んだ。

「あんまりテンションの高い愛さんは、こわいっす。」
「そ、そうですか?」
「アッパーなのは、楽器持ってる時だけでいいですよ。」
「そうですか、、、」
「ええ。」
「あ、あの、、、その、、、秋田さんにもバレバレでしょうか?」
「ああ、そうっすね。ただ、ハイテンションのとこまでしか知らずに、どう対処したらいいのかキッチンでうだうだ悩んでるみたいっすよ。」
「う、、、呼んできます!」

慌ててソファから立ち上がり、キッチンへと続く扉に手をかける。

そんなわたしに、マグカップの向こうから、めずらしく瀬野さんが微笑んだように見えた。


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