ウミノアカリ | ナノ



45 グルグル換気扇。
=====================

「すごいです!!歌が入るとこんな風になるんですね!!!あ、あの、途中でブワって弦の音が浮いて聞こえるのは、」
「ああ、うん。音の位相をね、いじるとこんな風になるんす。」
「位相!なるほど!!瀬野さんそんなことまでできちゃうなんて、、、すごいです!!あれのおかげで、こないだよりもずっと印象的になってますよ!!!」

図書館前で愛ちゃんを拾い、瀬野くんの個人スタジオ(つか、自宅)で出来上がったばかりの音源を聴く。ションボリと歩いていたさっきまでの姿とは打って変わって、車に乗り込んだ直後から珍しいほどハイテンションの彼女は、スピーカーの前に仁王立ちのままさらに大興奮、かつ恐いくらいに饒舌だ。

「秋田先生、本当にいい曲ですねえ。こんなお仕事にわたしみたいな学生風情が参加できるなんて、、、ああ、もう、いい経験をさせてもらって本当にありがとうございました!」
「あ、ああ、うん、、、」
「え、えっと、愛さん、何か飲みます?」
「いやいやいやいや!わたしのことはお構いなくっ!!」
「えーと、、、よし。愛ちゃん、落ち着こう。とりあえずそこのソファに座らせてもらいなさいよ。」
「はい!あの、もう一回聴いてもいいですか?」
「じゃ、今度は普通のスピーカーで出してみますかね。で、その間に僕ら、ちょっとキッチンで一服してきますんで。」
「はい!」

瀬野くんがソファの前に置いてある一般仕様のコンポにCD-Rを入れ変えている間に、そそくさと部屋から逃げ出しキッチンの換気扇をつける。

そして遅れて部屋から出てきた瀬野くんは、煙草に火をつけながら冷蔵庫からミネラルウォーター出し、ヤカンにドボドボと流し込んだ。

「秋田さんもコーヒーでいいっすか?」
「ああ、うん。ありがと。」

チチチッとガスコンロが発火する音が響いた後、さっきまで頭の中を駆け巡っていた言葉を二人同時につぶやいた。

「「、、、明らかに様子がおかしい。」」

フーっとため息をつくかのように二人揃って大きく煙を吐き出すと、狭いキッチンは一瞬で白く煙ったものの、すぐ側の換気扇がブンブンと音を立てながら吸い込んでいく。

こんな風に、彼女を心を曇らせている煙も吸い込んでしまえたらいいのに。

「どうしますかねえ。この後、彼女をお礼のご飯に連れて行くんでしたっけ?秋田さん一人で大丈夫っすか?」
「いや、俺、今日はちょっとヤボ用があってさ。ご飯行くのはまた来週の予定だったんだけど、、、」
「あ。そうなんすか。来週までにはいつもみたいに戻ってるといいっすねえ。」
「うん、、、でも、今日このまま帰すのもちょっと不安じゃね?」
「まあ、そうっす、、、ね。」

瀬野くんは、男の一人暮らしには似つかわしくないソーサーまで付いている洒落たカップを棚から2つ取り出し、流しに置いてあった自分用らしきマグカップの横に並べると、インスタントコーヒーをザラザラと瓶から直接入れていく。

「なんか、瀬野くんらしからぬ雰囲気のカップだね、、、」
「ああ、彼女がこういうの好きなんすよ。雑貨屋勤務なんで。」
「へえ!瀬野くん彼女いたんだ!、、、って、そりゃいるよねえ。ゴメン。」
「秋田さんは?」
「へ?」
「今はいないんすか?彼女。」

お湯を注ぐ手を止めて、ジッとこちらを見る瀬野くん。

最初に仕事をしたときにはずいぶんテンションが低くて無口なヤツだと思っていたけれども、慣れればよく喋るし、こんな浮いた話なんかもする。そうか、恋バナするくらいには仲良くなったんだなあと、ちょっとしみじみしてしまう。

「いないねえ。かわいー子いたら紹介してよ。」
「またまた。」
「いやいや、ほんとに。」
「かわいー子なら、いるじゃないっすか。」

「ほら、そこに。」と言って、瀬野くんが後ろの扉を指さした。

「え?えーと、、、ええ?」
「、、、話は変わるんですけど、こないだね、僕、彼女とちょっとケンカみたいになっちゃって。」
「え?あ、変わるんだ話。」
「そいでもって、そのときにようやく気がついたんですけど、僕言ってなかったんですよ。彼女に。付き合って、どころか、好きだとも。」
「、、、へえ。そりゃまた瀬野くんらしいエピソードで。」
「まあ、そんなの言わなくてもわかるっしょとか思って、彼女に甘えてただけなんすけどね。たまには、ちゃんと口に出さないといかんなあって、反省したっす。」
「うん。まあ、女の子は言葉にして欲しがるもんだよね。」
「そうそう。でも、そんな簡単に思ってることを口に出せるような人間だったら、こんな歳まで音楽作ってないっすよ。ミュージシャンなんて、ある意味コミュ障こじらせて音でアウトプットするしかないような人種ばかりじゃないですか。」
「あはは、開き直ってんなあ。反省したんじゃなかったの?」
「反省しましたよ。伝わらなかったら、相手にとってその気持はなかったことと同じですから。」
「・・・・・。」
「なので、」

めずらしく口数の多い瀬野くんが、これまた男の一人暮らしにはあり得ない木製のコジャレたおぼんを取り出し、カチャリ、カチャリとコーヒーの入ったカップを乗せていく。

「あそこで訳分かんなくなっちゃってるかわいー子にも、気になっているならばそれなりの言葉を伝えてあげてくださいよ。なんて。思ったり、思わなかったり。ねえ?」

瀬野くんはそれだけ言い終わると、こちらを振り返りもせず灰皿にまだ長さの残る煙草を押し付けてから、おぼんを抱えて部屋に戻っていった。

ポカンとした俺を置いて。

ブンブンと換気扇の回る音だけが響く中、もう一度大きく煙を吐く。しばらく吸い込まれていく煙を見ながらボーっとした後、携帯を取り出してこの後のヤボ用の相手にメッセージを送った。

大変申し訳ないけれど、訳分かんなくなっちゃってるのはある意味俺も一緒なんだよ、瀬野くん。


prev next
back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -