05 迷子の迷子の男の子。
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「あ!」 「ん?」
控え室で本番用のドレスからシンプルなワンピースに着替えてロビーに出てみると、なんと人ごみの中に、今朝、唐木先生を診ていただいた日本人のお医者さまを見つけた。なんという偶然!でも絶対にそう!!あの立ち姿、眼鏡、診ていただいている間、ガン見してたからよっく覚えてる、間違いない!!!
「あ、あの!わたし、今朝、飛行機の中で、、、その、あの、あああ、ありがとうございました!!」
人ごみをかき分けながら駆け寄って声をかける。ああ、もう我ながら何を言っているのかわからない。しばらく使っていないせいだけではないなあ、わたしは日本語も不自由だったのか?
「ああ、君か。お連れの方の具合はどうだね?」 「は、はい!おかげさまで今はストックホルムの病院に入院させていただいていて、えっと、様態は落ち着いていて、あの、その、、、」 「まあ、成田さん、とりあえず落ち着きなさい。」 「あ、はい!って、あれ?わたしの名前、、、」
お医者さまはスーツの内ポケットから音楽祭のパンフレットを取り出して、「ほら、ここに書いてある。」と指をさし、「なんだかステージ降りると別人のようだねえ。」と笑われた。うわあ、恥ずかしい、、、
「ああああああ、そうですよね。わたし出てたんでした。えへへ、、、」 「素晴らしい演奏だったよ。周りの観客も君の技術力に圧倒されていた。同じ日本人として鼻が高いよ。」 「あ、、、ありがとうございます、、、」
技術力に、か。音楽評論家でもない限り、「技術力が悪目立ち」なんてことは言わないもんなんだな。ちょっと安心した。小心者なので、ステージを降りればどうしても周りの評価が気になってしまう。それが、たとえ高度な曲芸をするサルを見るようなものだったとしても、お客様に少しでも楽しんでいただけたのならそれだけで救われたような気になる。
ああ、今、この人に会えてよかったな。
「で、もうお帰りになるんですか?これから式典もあるみたいですよ。」 「ああ、いやもちろんそれも見ていくつもりなんだが、、、息子がトイレに行ったまま帰ってこなくてねえ。」 「息子さんが、ですか?」
「まったく、あいつの方向音痴はどうにかならないもんかね」とぶつぶつ言いながらも、辺りを一生懸命見回す姿を見ていると、さっきまでの殺伐とした気持ちがだんだん和んで温かくなってきた。
なんか、いーな。家族旅行なのかな?息子さんいくつくらいなんだろう?迷子ってくらいだし、小学生くらいかな??こんな言葉も通じない場所でお父さんとはぐれて、さぞかし心細い思いをしているだろうに、、、
「あの、わたしも一緒に探します!」 「え?」 「出番が終わっちゃえば、暇なんです。」 「そうか、すまないね。」 「おいくつのお子さんなんですか?今日のお洋服のお色は?」 「へ?」 「はい?」
二人で「?」マークを頭上に掲げたまま見つめあう。
「いや、だって、知り合いなんだろ?」 「誰がですか??」 「いや、うちの息子と。」 「え?」
二人の頭上に「?」マークが量産されていくなか、不意にお医者さまがわたしの背後に目線を移して「お、いた。」とつぶやいた。
振り返り、少し離れたその目線の先を追うと、こちらに向かって歩いてくるヤマケンくん。
ヤマケンくん?
ここは学校同士が隣り合っている音羽の校舎前でもなければ、同じ講座をとっている予備校でもない。それどころか日本じゃなくて国外だ。いくらわたしのニアミス力が強力だとはいえ、こんなところにヤマケンくんがいるわけないじゃないか。また妄想が実体化?むしろこれは夢?夢オチ??どこから夢???
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