ウミノアカリ | ナノ



04 なりたい自分
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「あの、、、お店の人も困ってるからさ。そろそろ帰って欲しいんだけれども。」

ライブが終わり、他の全ての客がはけてからも、わたしはその場を動くことができなかった。恥ずかしさと、悔しさでまだ身体が震えている。

目の前には、わたしを酷評したピアノ弾き。本当ならこんな醜態、一番見せたくない相手なのだが、どんなに気持ちを奮い起たせようと試みても、ポッキリとへし折られたプライドはすぐには再生できなかった。

若手ナンバーワン女優でCM女王、業界のオヤジどもがこぞってご機嫌取りをする、あの生意気と評判の神埼リコをへし折ったのだ。さぞかし気分もいいことだろうよ、と、うつ向いた前髪の間から秋田悠介を覗き見ると、想像とは全く違う、なんとも言えない顔をした男がションボリと所在なさげに立っていた。

「車で来てるから送ってくよ。嫌かもしれないけど、ほら、もう遅いから。」

そう言って差し出された手は、少し骨張ってはいるが、すらっと長い指が並んだとても美しい手で、この手がさっきの音楽を奏でていたのだと思うとなぜだか息苦しいような気持ちになった。

差し出された手の美しさに感動して、掴むことを躊躇していると、「ちょっと別件でイライラしててさ。酷いこと言い過ぎた。大人げなかった。ゴメンなさい。」と、 さらに情けない顔になる。こうなってくると、どちらが凹まされた側なのか訳がわからない。

「、、、ライブ、すごく良かったです。」
「え?あ、ありがとう、、、」
「わたし、、、さっき指摘された通り、秋田さん本人の演奏にはまったく興味がなかったんです。いい曲さえ提供してもらえればそれで良かった。」
「おおう、ハッキリ言うねえ、、、」
「だって今さら取り繕ってもしょうがないじゃないですか。」

わたしの「声」に魅力がないのだ。
そんなもん、今さらどうにもならない。

「うん、だからね、俺も言い過ぎたなあって、」
「いえ。いいんです。わたし本当に失礼なことを言いましたから。こんなにいいミュージシャンに対して、わたしのレコーディングの進捗管理だけしてくださいだなんて。」
「うわっ、やっぱりそういうつもりだったんだ!」
「だって、わたしのことは、わたしが一番よくわかってますから。」
「うーん、、、そうかなあ?第三者から見ることも重要だと思うけど?」
「ああ、もちろんそういう視点は必要ですけど、そうじゃなくて、、、そう、実際の自分ってよりも、わたしがなりたい自分は、わたしが一番よくわかっているって意味です。」
「ふーん、、、なりたい自分、ね。」

うつ向いたままべらべらと喋るわたしの言葉を、秋田さんはこないだと同じようにたまに相槌を打ちながら、真剣な面持ちで聞いている。

わたしは今さら、何をわかって欲しくて喋っているのか。

自分でもよくわからないが、なぜかこの人に拒絶されたままでいるのが嫌だった。

秋田さんは差し出していた右手をポケットにしまうと、小さくため息をついてからわたしの隣の椅子にどかっと座りこみ「なんか、ちょっと思ってたのと違うなあ。」と言った。

「何がですか?」
「いや、君が。」
「はあ、、、」
「君くらいの年頃の女の子なら、あれだけ言われたら泣くか怒るか、どっちかかなあ、と思ってた。」
「なんなら、今からでも泣きましょうか?」
「へ?」

グッと目の奥に意識を集中。自慢じゃないが、三秒あれば涙なんて自由自在だ。少し首を右に傾け、左目には表面張力いっぱいの涙。右目から一筋ポロリ。少し切ない表情を付け足して大サービスだ、どうよこの完璧な芝居。

「うわあ!すげえな、おい!」
「一応、プロですから。」

どや顔のわたしを見ながら「すげー、すげー!」と感心する秋田さんの顔には、最初に会ったときからずっと張り付いていた困惑の色が消え、笑顔が浮かんでいる。

鞄からハンカチを取りだし、メイクが落ちないように角を当てて水分を吸いとると、ようやく椅子から立ち上がった。

ちょっと笑ってもらえたし。
うん。もう気はすんだ。

「じゃ、わたしこれで。」
「いや、だから送るってば。」
「いやいや、これから事務所に寄るんで。」
「それなら尚更、送らせてよ。何?こんな時間から打ち合わせ?」
「ええ、まあ。誰かさんに断られたせいで、今回のプロジェクトがっつり停滞中ですから。」
「あはは。スミマセン。」

ようやく秋田悠介の笑顔が見れたことになぜだか妙な嬉しさを感じ、こちらの気も緩んできた。

「、、、じゃ、事務所まで、乗っけてもらうことにします。」
「うん、そうして。あとさ、」
「何です?」
「やっぱり、俺も一緒に行くわ。事務所。」
「は?」

何を言ってるんだこの人は、と、すっかり訝しげな顔をするわたしに、秋田さんがもう一度笑いかける。

「やるって言ってんの、今回の仕事。」
「え?ええええ!本当に!?」
「うん。ただし、作詞はきちんとプロに依頼する。俺、ちょっと心当たりがあるんだ。だから、とりあえずこちらに任せて欲しい。あと、俺が君の言う通りに動くとは限らないということを覚悟しといて。」
「あ、でも、、、」
「でも?」
「わたしがどうしても気に入らなかったら、やり直ししてもらっても、、、」
「もちろん。でも、そうならないための打ち合わせでしょ?」
「は、はい!!」

どうしよう!嬉しい!!
連ドラのレギュラーに決まったときよりうれしいかも、ってくらいに嬉しい。

そして、ダメ押し。

「さ。打ち合わせ、行くよ?君の、なりたい自分ってヤツを、俺にも教えてよ。」

そう言って、秋田さんは立ち上がると、未だ座ったままのわたしにもう一度手を差し伸べる。

今度は迷わずに、ギュッと握ったその手。
できれば、このままずっと離したくない。

仕事とかではなく、なんというか、別の感情が芽生えていることに、
気が付かないほどわたしは鈍い女じゃない。


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