03 魅力のある声
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今日最後の撮影が終わってから、仲良しのヘアメイクさんに「お出かけ用に女子力特盛でお願いします!」と、ナチュラルメイクという名の仮面をバッチリ作ってもらった。ハッキリ言って、今のわたしは完全武装。かなりの戦闘力を有するはず。
先日、失礼にもほどがある物言いで、こちらの依頼を断った生意気にもほどがあるクソミュージシャンに一言モノ申そうと、わざわざこんな都下のジャズクラブまで足を運んだのだ。絶対に何かしらの成果はあげてみせる。
最初のステージが終わり、ロビーや客席に今日の出演者が談笑する姿を見かける中、カウンター席にいる女性客に愛想をふりまく秋田悠介を発見。背筋をピッと伸ばして、ヒールを鳴らしながらいざ参る!
「こんばんは、ちょっといいですか?」 「へ?あ、、、えーと、こないだの、、、」
こちらを頭からつま先までジロジロと値踏みしながら明らかに不満の意を表す女性客に、秋田さんは何も気が付いていないかのような顔をして「じゃ、楽しんでってね。」と挨拶をすると、わたしを少し離れた席に誘導した。
「で、どしたの?ライブ見に来てくれたの?」 「いいえ。それが目的じゃないです。」 「ふーん、じゃ、何?」 「わかってるくせに?!昨日の話、どうしても秋田さんに受けて頂きたいんです!」 「あー、、、だから、俺には無理だって、、、」 「そんなことないです!!」
鼻息荒く詰め寄るわたしの顔を、だるそうに見上げながら煙草の煙をふいーっと吐き出す。
「あのさあ、君さ、俺の演奏聴いたことある?」 「え、、、いえ。ないですけれども。」 「一応何枚か、CDも出してたりするんだけど、それも聴いてないでしょ?」 「す、スミマセン、、、」 「なのになんで、俺にこの仕事を依頼してるの?」 「で、でも!あの曲を書いたのはあなたですから!!すごくいい曲だと思うし!!」 「そりゃ、どうも。」 「だから、秋田さんに手伝って欲しいんです!」
こちらとしては、かなり必死にお願いしているつもりなのだが、まったく響かないらしい。秋田さんは短くなった煙草をグリグリと灰皿に押し付けると、「いいですかー?今から俺、酷いことばかり言いますから覚悟してくださいねー。」と、心底嫌そうな顔で言ったのだった。
何なの?わたしじゃネームバリューが足りないとか、そういうこと?そもそも、あの有名作詞家につられて参加しただけで、あの人が降りるなら俺も降りますとか??そんなこと、絶対に言わせない!!
「いいです。希望の条件があるならハッキリ言ってください!」 「、、、まずね、こないだの歌詞はそんなに悪くないよ。母音と子音の置き場所とか本当に絶妙で、さすがだなーって俺は思った。歌ってみればわかると思う。わからないなら、君は所詮そのレベルの人ってことだ。あのくらいわたしでも書けるわーなんて、思いあがりもいいとこ。」 「それは、、、」 「あとね、君のコンセプト通りに仕上げればいいだけなんでしょ?そんなつまんない仕事したくないし、そもそも思い通りに動く駒扱いされるのはおもしろくない。」 「駒だなんて、、」 「だってそうじゃん。俺のことなんも知らないし、知ろうともしてない。」 「そ、、、」 「あとね、リコちゃんだっけ?」 「はい。」 「一番の理由はね、君の声が俺にとってそれほど魅力的じゃない。ということ。」 「え?」 「プロデューサーってことは、たくさん拘束されるんでしょ?俺の時間、大事だからさあ。楽しいことしかしたくないの。」 「・・・・・。」 「君が、一緒に音楽を作りたいと思えるような声をしていれば、きっと受けたと思うよ。」
まったく。
まったく、何一つ言い返せなかった。
わたしは芸能界という厳しい世界に、本当に小さい頃から身を捧げてきて、それなりに評価され続けてきた。努力もしているし、才能もあると思っていた。歌やダンスだって、そこらへんのアイドル歌手なんかよりもよっぽど上手くやれる自信があったし、実際にやれていると思う。
声に魅力がないだなんて、そんなこと、今まで誰にも言われたことがなかった。
客電が落ち、ステージで演奏が始まってからも身じろぎ一つできずにいたわたしの耳に、しっとりとしたピアノの音が降ってきて我に返る。
ああ。そうか。
魅力がある音っていうのは、こういうことか。
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