02 煮ても焼いても
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待ち合わせ時間ピッタリ、というかギリギリに事務所に現れたのは、思っていたよりもずっと好ましい見た目の男だった。
やる気があるんだかないんだかよくわからない、少し猫背の背の高いその男を、わたしはなぜかひと目で気に入ってしまう。名前は「秋田悠介」。悠介さん、、、いや、馴れ馴れしいな。歳は一回りも上だし、秋田さん、ってとこが妥当か。
「あのー、、、俺、社長から曲の提供だけって聞いてたんですけども。」 「それが、諸事情で前任の方が降りてしまって、ぜひ秋田さんに、」 「ええっ!?だって、あれでしょ?歌詞はどうするんです?」 「なので、もちろん作詞家とプロデューサーと両方変更です。」 「えー、、、でも、それが今回のウリだったんじゃ、、、」
かいつまんで事情を説明するうちのマネージャーに、困惑顔の秋田さん。部屋の片隅で黙って事の成り行きを見守っていようかと思っていたが、そんな風に言われては黙ってられない。
「問題ないです。むしろ、あんな歌詞じゃ全然わたしの良さが出ない。」
マネージャーの隣の椅子に、ガタンと座り「はじめまして。神崎リコです。」と眼力強く自己紹介をすると、秋田さんはちょっとビックリした顔をしながら「はあ、どうも。」と頭を軽く下げた。
自分のこれまでのキャリア、そして「神崎リコ」という女優に対しての一般的に持たれているイメージ等を細かく説明しつつ、こういう感じでやっていきたいという自分の意向を誠意を持って伝える。こういう時、わたしの年齢や見た目では、なかなか本気で相手にしてもらえないことも多いのだが、もしもそういう扱いをするような人間であれば一緒に仕事をすることはできない。そもそも縁がなかったと思って諦めようと思っていた。しかし秋田さんは、わたしの話を一度も遮ることなく真剣な面持ちで聞いてくれたのだ。
大丈夫だ。この人とだったら、いい仕事ができる。
しかし、そんなわたしの気持ちとは裏腹に、ひと通りの話を聞き終えた秋田さんは「申し訳ないんですけれども、できれば他をあたってください。」と丁寧に頭を下げた。
「なんでですか!?」 「いやー、なんつか、俺には荷が重いです。」 「そんなことないです!!」 「俺、苦手なんですよね、そういうの。そもそも、ただのピアノ弾きですから。」 「でも、あの曲を書いたのはあなたでしょ?」 「そうですけど、、、でも、若い女の子の将来を左右するような重大な曲のディレクションなんて、できないっすよ。あの曲は、煮るなり焼くなり好きに使ってください。」
「元がいいからね、煮ても焼いても美味いはずですよ?」とニッコリ笑って席を立とうとする秋田さんを、慌てて引き止める。
「わたし、あなたじゃなくちゃ嫌なんです。」 「うわあ、なんか女子高生に告白されてるみたいでドキドキするー。」 「ちょっ、チャカさないで下さい!!」 「うーん、、、だってさあ、」
そう言い淀んで、秋田さんのニッコリとした胡散臭い笑顔が当初の困惑顔に戻った。
どうしよう。どうしたら、この人を説得できる?というか、何が問題なの??そんなことをグルグルと考えながら、掴んだ右腕に力を込めると、秋田さんは大きくため息をついてから「もし気に入らなかったらあの曲も使わなくていいからさ。」と苦笑いをしながらそっと腕を振りほどく。
そして、「ゴメンね。」と申し訳なさそうに頭を下げて、その人は事務所から出て行った。 部屋に残されたマネージャーと二人で、顔を見合わせる。
「・・・・・。」 「チャンスだとかは思わないんですかね?」 「ほんとに。」 「けっこう大きなプロジェクトなのに。何が不満なんでしょうかね?」 「、、、わたし、諦めないわよ。」 「え?」
諦めない。決めた。
絶対に落としてみせる。
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