05 聞きたかった話は
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自宅の玄関で荒い息を整えながら座り込むわたしの耳に、ピンポーンと脳天気なチャイムの音が響く。
こんな時間に誰が、、、、、って一人しかいないじゃないか!瀬野くんだ!もしかして追いかけてきてくれた!?
ガバっと起き上がると、バタバタと部屋の中に入りインターホンの受話器を取る。目の前の小さな画面に映るのは肩で息をする瀬野くんの姿。「秋乃さん!?なんで帰っちゃうの?どうしたの??」なんて、めずらしく早口で喋る瀬野くんに対して、嬉しいような、腹立たしいような気持ちで胸がいっぱいになる。結局、なんと言ったらいいのかわからずとりあえず無言でオートロックの解除ボタンを押し、受話器を置いた。
ノソノソともう一度玄関に戻り、その場にぺたんと座り込むと、脱ぎ散らかした靴を並べ直しながらドアの向こう側に意識を集中する。
廊下に響く足音がだんだん近づいて来て、部屋の前で止まった。そして、今度はインターホンではなく、コンコンと控えめなノックの音がする。そのまま身動ぎもせずにジッとドアを凝視していると、ガチャっと音がしてドアが開く。
「あのー、、、もう遅いし、外で喋ると近所迷惑だと思うので、、、入っていいっすか?」
ドアを少し開けてこちらを覗き込む瀬野くんを、上目遣いで見上げながら無言でコクンと頷く。
「じゃ、えと、お邪魔します、、、」
うちに入ることに慣れないのか、ちょっと緊張した感じの瀬野くんを見て、ふと思い立った。
そういえば、知り合ったばかりの頃に2、3度来たことがあるだけで、瀬野くんがうちに遊びに来るということはほとんどない。いつだって、わたしが瀬野くんの家に行っていた。
そうだ。わたしだけが大好きで、わたしだけが会いたくて、わたしが勝手に、、、
「う、、、うわーん!!!!」 「え!?ちょ、どうしたの?秋乃さん!?ね、なんで泣くの!?」 「だって、せ、瀬野くんは、ちっともうちに来ない!!!!」 「え、今、来てるじゃないっすか?」 「そうじゃない!!!そんなことじゃない!!!!」
大声で喚きながらも、ボタボタと大粒の涙が溢れる。玄関に膝をつき、ギュッとわたしの身体を抱きしめようとした瀬野くんを「触るな!」と怒鳴りつけ、そのまま小さな子供のように泣きじゃくっていると、なんだかだんだん気分がハイになって何が悲しいのかよくわからなくなってきた。でも、とりあえず、瀬野くんを責めたい。瀬野くんを悪者にして、被害者ヅラがしたい。
「さっきの!」 「はい?」 「さっきの青いピンヒールの女の子!!」 「ああ、だから秋乃さんも見てたと思うけれど、仕事の、、、」 「違う!!」 「ええー?」 「絶対違う!仕事だけじゃない!!」
今にも噛み付きそうな勢いのわたしを、困惑顔で見ていた瀬野くんがめんどくさそうにボソボソと話はじめる。
「あのね、」 「何よ!?」 「彼女は、ヨーコちゃんっつってね、地元も一緒で、学生の頃には一緒にバンドとかやってたりして、だけど今日のやつは純粋にお仕事で、ちゃんと事務所経由で依頼もきていて、、、」 「・・・・・。」 「だからなんていうか、仕事相手なんだけれども、尚且つ腐れ縁というか、同士というか、ね?」 「違う、、、絶対、それだけじゃない。」
もう、なんだか後に引けない気持ちのわたしが涙目でジトッと睨みつけると、瀬野くんは明らかにイラッとした顔をしてため息をついた。
「はあ、、、で、何?秋乃さんは何が言いたいの?俺が彼女と寝たかどーかが知りたいわけ?」 「なっ!?」
淡々とした口調で自分のことを「俺」と言った瀬野くんが、わたしの知らない人に見えてきたことと、これ以上怒らせたら元に戻れないかもしれないということに対する恐怖で手が震えてくる。だけど、、、だけど、もう気分的に今更笑ってフォローなんてできない。止められない。
なけなしの気力を振り絞って震える手で膝をギュッと抱え込み、瀬野くんを睨みつける。すると、ますますうんざりという顔をした彼が口を開いた。
「やったか、やらなかったかって聞かれたら、やりました。やりましたとも。」 「な、何、開き直ってるのよ!」 「だって、それが聞きたかったんでしょ?でも、大昔の話だよ。今は本当に何でもない。」 「む、昔って、、、」 「それこそ、10代の頃の話。そりゃーもう若かったからね、猿のようにありとあらゆる体位でやりましたとも。」 「そんなことまで聞いてないわよ!!!」 「じゃ、何が聞きたかったわけ?俺には秋乃さんが何を怒ってるのか全ッ然わかんねーよ。」 「・・・・・。」
そうだ。わたしが本当に一番知りたいのは、聞きたいのは、あの女の子が何者であるかなんて話なんかじゃない。そんなことは正直どうでもいい。
わたしは、わたしの話が聞きたい。
抱えていた膝を放し玄関に正座で座り直すと、ピッと背筋を伸ばして、涙を拭いた。
「ゴメン、間違えた。」 「へ?」 「わたし、聞き方間違えた。」 「あ、あの、、、秋乃さん?」
すうっと大きく深呼吸をして、わたしに目線を合わせるためにしゃがみ込んでいる瀬野くんを真っ直ぐに見つめ返す。
「わたしは、瀬野くんの、何ですか?」
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