43 ループアウト
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とても天気のいい土曜日の午後のこと。先週借りたオペラの原作を返しに図書館に来たわたしは、とにかく浮き足立っていた。足元はブーツで重いはずなのに、地上10センチくらいは浮いてるんじゃないかってくらい、ふわっふわのもっふもふだ。
この一週間、思い出すのはヤマケンくんのことばかり。ロマンチックな理由ではないにしろ、一緒に夜明けを見ながら隣を歩いた、ヤマケンくんのことばかりだった。
スタジオで、「ほら、これ差し入れ、な。」と彼が差し出したスタバの袋。「どうよ?覚えてる?」とでも言いたげなしたり顔で差し出された、甘いその塊、シナモンロールに、わたしはついつい大きな声を出してしまった。だってそれは一年前、初めて二人で入ったスタバで、彼が差し入れと称してご馳走してくれたものだったから。
いつだって彼は、わたしが大切に思ってることをひょいと何でもない事のように目の前に差し出してくれる。発表会の時の花束も、こないだのシナモンロールも。そして、ふとした雑談に潜んでいた大事なヒントを、しっかり聞いて覚えていてくれる。わたしのわかりにくく面倒くさいSOSを、決して聞き漏らさない。
ああ、もう本当にっ!! そんなことをされたら、誤解してしまうじゃないか。
まるで、わたしとの間にあったことだから、彼がよく覚えていてくれるんじゃないか、とか。わたしのことを気にかけてくれてるんじゃないか、とか。
もしかしたら、少しはわたしのことを、、、
うわあああ、ダメだ、ダメだ! そんな脳天気なことを考えてる場合じゃない!!まずは、そう、手助けしてくれたヤマケンくんに答えるためにも、自分のやらなくちゃいけないことをがんばる!考えなくちゃいけないことは山積みだ!
先週のレコーディングで、わたしはやっぱり音楽に関わる仕事がしたい、と思った。ああやって、人と一緒に何かを作り上げていく過程が心底好きだと、そう思った。
そして明け方、最後のプレイバックを聞きながら、「わたしにはそれができるんじゃないか?」と。
微かな「自信」みたいなものが、この手に戻ってきたかのような感覚。
もちろん、今のままじゃまだまだダメだ。色んな物が足りない。だけど、これからもっともっと勉強して、練習して、わたしの頭の中にあるイメージの通りに楽器を弾けるようになりたいんだ。
そして、ヤマケンくんに、聴いて貰いたい。
って、あああああ、また思考がヤマケンくんに戻ってきてる!! ダメだーーー!!!
どこまでいってもヤマケンくんに戻ってくる無限ループな思考回路に呆れながら、気を抜けば弛みそうになる顔を必死に固定しつつ図書館の外に出た。すっかり寒くなったおかげで空気が澄んでいるため、青い空がどこまでも高く見える。
もうすっかり冬なんだなあと、浮き足立っていた気持ちがなんとなく落ち着いたそのとき、入り口で大好きなあの後ろ姿を見つけて再び胸が高鳴った。
スラリとした背中に、淡い髪色の少しはねた襟足。
でも、偶然出会えた嬉しさに浮かれて声をかけようとした瞬間、彼が隣にいた女の子を引き寄せ、抱きしめたのが見えたんだ。いつもと髪型が違うので最初はわからなかったけれども、あれは、、、水谷さん?
初めて見る、ヤマケンくんのあんな顔。
これは、調子に乗っていたわたしに、 神様が与えた罰なのだろうか?
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