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42 髪をほどいて。
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女と朝まで一緒だったというのに、手すら繋がなかったという健全過ぎる朝帰りからちょうど一週間。

別に、先週の成田サンの「逃げない勇気」に背中を押されたなんてことでもなければ、もちろん、ハルの兄貴の挑発に乗ったわけでもない。

ただ偶然、予備校帰りに道の往来でわかりやすいいじけ方をする水谷サンに会ってしまい、顔を見たら、話をしたら、放っておけなくなってしまっただけ。ただ、それだけだ。


携帯の電源を切っている彼女を確実に捕まえるために、学校の校門前で待つだなんていう普段のオレならあり得ない行動に出た上に、日が沈んでから再度バス停で見かけた彼女を、後ろから抱きしめた。

そして、初めて口にしたのは「好きだ」という三文字。

適当に付き合ってた女から、しつこく「わたしのこと好き?」と聞かれて、なだめるために答えたことならもしかしたら何度かあったかもしれないけれども。自分からその言葉を口にしたのはたぶん初めてだったと思う。

ハルのことで悩み、傷つき、必死になってなんとかしようとしている彼女を見ていたら、どうしても放っておけなかった。我慢ができなかった。気がついたら手を伸ばして彼女に触れていた。溢れだして止まらないこの愛おしさを、自分の中に抑え込んで涼しい顔をしてることなんて、できるわけがなかった。

もちろん、もう一度気持ちを伝えたところで結果が変わるとは思っていなかったし、こうなることは端からわかっていた。

それでも、彼女が一晩オレのことを寝れなくなるほど真剣に考えて、向こうからオレに電話をかけてきて、以前は5分も待てなかったというのに、一時間もオレのことを待ち合わせ場所で待っていたという事実。これだけでも、なんとなく元を取ったような気になるのだから、オレもどうかしている。

そして、待ち合わせ場所に立っていたのは、いつもなら後れ毛の一本もなく几帳面にしっかりと結われているはずの髪を、サラリと無防備にほどいた水谷サンだったわけで。

そういえば、前に本人にも言ったことがあったっけ。
あんたが男を落とすには、その髪をほどいてニッコリ笑いかければいい、と。

「ありがとう、ヤマケンくん。」
そう言って、柔らかく笑った彼女の笑顔。すでにすっかり落ちてるオレには無効かと思っていたけれども、破壊力は想像以上で。

もう、いいかな?

と思えるくらいにはやられた。

諦めてやるよ。
もしもあんたが必要とするなら、「友達」とやらにだってなってやってもいい。

だから。
だから、ほら。

もう一度、笑って?


階段を登りかけた彼女が振り返り、ほどいた髪がフワリと頬にかかる。
オレの目を見て再び笑顔を浮かべ、小さく口を開くと、鈴のような声でこう言ったんだ。

「・・・喜んで。」


まあ、、、こんなのも悪くない。
今まで感じたことのない、この胸の痛みは、敢えて無視することにした。


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