03 おかえりなさい
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午前10時。玄関のドアがガチャリと開いて、部屋の主がようやく家に帰ってきた。
「、、、おかえりー。」 「あ、、、秋乃さん、来てたんすか。」 「はいはい。来てましたよー。」
来てましたとも。昨日から、な!!
言ったじゃん!言ったよね?!今日はお店休みの日だって、カレンダーにも大きく丸つけてあるじゃんよ!!
ついついムスッとしてしまいそうにもなるが、今、瀬野くんがとても忙しいのをわたしは知っている。そして、今のお仕事の現場を、彼がとても大事にしているということも、よく知っている。
単なるアイドル歌手のレコーディングのお仕事ではあるものの、その現場のプロデューサーさんを音楽家として敬愛している彼にとっては、ものすごく気合が入る現場。一枚目の時に良い仕事をしたからこそ、今回二枚目の時にもまた呼んでもらえてるわけで。だから、ここでもうひと踏ん張りして、「いつか秋田さんの本業のRECに関わることができたらいいなあ」と、事あるごとに言っていたのを、いくらわたしが浅はかだからって忘れたりはしないのである。
「今日も朝までだったの?大丈夫?ちゃんと寝てる??」 「ん。これ終わったら寝れるから大丈夫っす。」 「ええええ!?ちっとも大丈夫じゃないじゃん!とりあえず、お風呂入ったら?身体ほぐれるよ??」 「うーん、、、じゃ、そうするっす。あのー、」 「なに?」 「あの、、、もし風呂ん中で寝ちゃってたら起こして。」 「はいはい。」
チャポンと湯船がはねる音をガラスの向こうに聞きながら、少しでも話がしたくて脱衣場に腰を下ろす。
「ね、今日はどうだった?仕事うまくいった??」 「今日はね、、、えーと、最高に楽しかったっす。」 「へえ。何か変わったことがあったの?」 「うん。どうしようもなくバカな注文つけてくるクライアントがいて、最高の曲が最低になって、」 「ええ!?それ、ちっとも良く無いじゃん!!」 「ああ、そうなんだけれども、それをさ、」 「うん。」 「突然現れたすげーかわいい女子高生が、なんとかしてくれたんす。」 「はあ?」 「いやあ、すごかった。本当に。奇跡みたいだった。」 「かわいかった、と。」 「ん?まあ、かわいかったっすよ。」 「はー、そうっスか!!奇跡みたいにかわいかったんスか!?そりゃ良かったね!!!」
面白くない!面白くないぞうー!! ただでさえここんとこ構ってもらえなくて寂しいのに、かわいい女子高生の話なんて聞きたくないわい!!!と憤慨していると、ザバッとお湯から上がる音がして風呂場のドアが開く。ポタポタと水滴を垂らしながら出てきた瀬野くんが、わたしの頭をポンポンと撫でた。
「奇跡みたいだったのは、可愛さじゃなくて、音楽ね?」 「でも、かわいかったんでしょ?」 「うーん、、、かわいさは、まあ普通?」 「そうなの?」 「そうそう。秋乃さんほどじゃないっすよ。」
うわあ、ぬけぬけとなんてことを言うんだこの男は!!
構ってもらえないくらいでイライラしてしまったことも恥ずかしいし、瀬野くんのこういう狙ってるんだかなんだかよくわからないセリフにも、赤面してしまう。誤魔化すかのように声を荒げて、話を続ける。
「で、結局なんなの、その女子高生は!」 「えーと、秋田さんの、、、大事な女の子?」 「彼女?」 「彼女ー、ではないと思うっす。」 「何する子なの?」 「ヴァイオリンを弾く子。ものすごく、ギリギリな感じの音だった。」 「ギリギリ??」 「うーん。言葉でうまく説明できないんだけど、、、」 「ふうん。」 「で、機嫌は直ったんすか?」
うん。直った。
とりあえず、キミの濡れた髪を乾かしてあげるから、そこに座りなよ。
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