41 devil’s hands
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「こんな時間でも、まだ真っ暗なんだね。」 「ああ、夜明け前が一番空が黒いんだってよ?」 「そうなんだ。」
レコーディングが無事終了し、ヤマケンくんと二人でスタジオを後にした。 タクシーを拾うために、車道に近い場所を歩いているが、新聞配達のバイクが横をすり抜けていくばかり。
もうすぐ、夜が明ける。
日本に帰ってきてからの一ヶ月間は、本当に目の前が真っ暗で。わたしはこのまま、何者にもなれないまま自分の人生が終わってしまうんじゃないかと本気で怯えていたというのに。ここ数週間で、まるで夜明けがきたかのように次々と景色が変わってきた。
「、、、ああ、そうか。夜明け前が一番暗いんだもんね。」 「なに?」 「ううん。確かにそうだったなあって思って。」
ヤマケンくんは、「ふーん?」と興味無さそうに答えた後、「この時間だとやっぱタクシーつかまんねーな。」と小さく舌打ちをした。
「あ、わたし、配車センターに電話するね。」 「あ?別にいーよ。」 「でも、疲れてるでしょ?」 「いや、オレは途中寝てたし。それより成田サンは?」 「わたしは、あの、なんというか、、、興奮冷めやらぬ感じで無性に元気です。」 「あっそ。じゃ、もうしばらく歩くか。」
人生初の朝帰り。しかも、隣にいるのは、あのヤマケンくん。 なんだか、すごいシチュエーションだ。
「そういえば終わりにさ、なんか言われてたろ。」 「え?ああ、秋田さんに??」 「そう。なんて?」 「えっと、、、生きてくためのアドバイス?みたいな。」 「なんだそりゃ。」 「えへへ。音楽家の先輩からの、有難いお話です。」
そう、録音が終わった後、秋田さんがブースにやってきてこう言ったんだ。
今キミが心の中に持っているもやもやとした戸惑いや迷いや感情を、自分の外に出してハッキリとさせて、「こうだ」と決め付けてしまえばすっきりするかもしれないけれども。でも、簡単に決めてしまわずに、自分の中でもやもやとしたまま抱え続けていく度量を持つことも、立ち向かう勇気と同じくらいに必要だと思うよ。と。
これから、わたしは何度も暗闇に落ちていくだろう。
でも、それは、地球が自転し、夜の闇が天を覆うのと同じようなものだ。
何度も夜が来て、そして、そのたびに日が昇る。 何度でも、何度でも。必ず夜は明けるんだ。
「わたし、本当に来てよかった。誘ってくれたヤマケンくんのおかげだよ。」 「はあ?それを言うなら、リコの嫌がらせのおかげだろーが。」 「うーん、あわよくばレコーディングに利用してやろうって思ってくれてたのなら、わたしにとっては嫌がらせだろうが有難いけどなあ。」 「なに、あんた、あいつの本心わかってたわけ?」 「まあ、、、これでも女子ですし。他人の悪意には敏感ですよ。なんで絡まれてるのかはイマイチわかんないけど。」 「へえ、意外!オレあんたのこと、もっと天然かと思ってた。」 「うそっ!」 「ほんと。『リコちゃん、なんであんな酷いこと言ったのかなあ?』くらい言うかと、、、」 「えぇ、、、それはないわあ。ヤマケンくんの脳内のわたし、女子的にはかなりイラッとくるね。」 「うっせーな。なんだその顔。」 「いやいや、、、ないわあ。」 「うぜえ。」 「あはは。」
こんな風に笑いながら、軽口を叩きながら、夜明けの道を二人で歩くだなんて。一年前には思いもしなかった。
疲れと眠気で黙りがちになる二人の足取りはとてもゆっくりで、だけど、このままどこまでも歩いていけそうな気がしていた。
空が、少しづつ白んでくる。
もうすぐ、夜が明ける。
この時のわたしは、なんというか本当に浮かれていて、 彼の心の中にいる「あの子」のことなんてすっかり忘れていたんだ。
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