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38 大人の役目。
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まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。

リコがあんなことを言い出した時だって、もしも愛ちゃんがヴァイオリンの録音を手伝ってくれたら、こんなのもできるよなーって、単に思いついたアイデアを瀬野くんに口にして盛り上がってただけで。実際にやるつもりなんてサラサラなくって、というか、絶対に彼女はやらないだろうと思っていたんだけども。

予想は大きく外れて、愛ちゃんはなぜだか「わたしにできそうなことなら、やらせてください。」と妙に前向きな姿勢を見せたのであった。

マイクテストのために弾いてもらった「クライスラーの前奏曲とアレグロ」は本当に素晴らしかった。冒頭部分は全て4部音符、しかも、6小節24拍を全部ミとシで通すという無茶苦茶な曲を、スランプからまだ脱してないはずなのにあれだけドラマチックに弾けるのだから大したもんだと思う。

が、その後が頂けない。元々、彼女は技巧的な曲を得意とする演奏者ではあるものの、情感豊かな演奏が魅力のはずなのに。渡した譜面を、これでもかというくらいカッチリと弾きこなしてくるという予想外の演奏をしてきたのだ。なまじ、音程もリズムも完璧なのでリテイクが出しにくく、軌道修正できないまま、あっという間に全てのパートを録音し終えてしまった。

で、、、もちろん出来上がった音源はどこまでもパッとしない。元々、愛ちゃんの力量でなんとかしてもらうこと前提での、つまらない、というかよくある感じのアレンジだったので当たり前っちゃ当たり前なんだけれども。


「どうしたもんかねえ、、、」

今の彼女にリテイクを要求するのは酷な話だろう。
このまま、さっきのテイクでOKにしてしまうのか。それとも、全部ボツにしてそもそものアレンジを練り直すのか。スケジュールのことを考えると、微妙なラインだな、、、

ロビーのソファに頭を預けたまま、深呼吸をするかのように煙草の煙を吐き出す。吸っては、吐き、吸っては、吐き、吸っては、、、ああ、なんかなあ。できるなら、もっといいアレンジで彼女にヴァイオリンを弾かせたかった。なんであんな場所に8拍も隙間を作んなくちゃなんねーんだよ、、、マジでありえねえよ!

受け入れたはずの大人の事情に対して、だんだん腹が立ってきたりもしているのだが、疲労と眠気のピークも近いためいかんせん気持ちが盛り上がらない。

ああ、俺、何やってるんだろう。仕事とはいえ、魂売ってるよなあ。



と、そこへ、コンビニの袋を下げた山口くんと愛ちゃんが、遅い夕飯を食べにやってきた。

「ここ、いいっすか?」
「どーぞ、どーぞ。煙草すぐ消すね。」
「あ、スミマセン!秋田さんも休憩中なのに!!」
「いえいえ。」

ん?なんかさっきまでとは違って、愛ちゃんのテンションが妙に高い。ような気がする。

「あの!秋田さん、休憩終わったらちょっと相談があるんです!!」
「相談?」
「はい。相談というか、提案というか、お願いというか、、、」
「、、、先に聞いておいてもいい?」
「えーと、あの、、、お疲れのところ本当に申し訳ないんですが、、、」
「はい、なんでしょう?」
「さっきのやつ、全部録り直ししてもらうことはできませんか?」
「、、、へ?」
「とりあえず、トップのパートだけでも試しに弾かせてください。それを聞いてもらって、もしもダメだったら諦めます。」
「・・・・・。」
「やっぱり、ダメ、、、でしょうか?」

いや。ダメじゃない。
ダメじゃないけど、、、どうしちゃったの?どうして、そんなに前のめりなの??

俺の知ってる愛ちゃんは、なんというか、、、こういう時、もう少し消極的というか、、、受け身、というか。自分のテリトリー内のことには驚くほど好戦的でも、それ以外の特に新しいことには、あまり首を突っ込まないタイプだと思っていたんだけれども。

「じゃあ、、、とりあえず聴いてみてから、ね?」
「ありがとうございます!急いで食べますね!!」

愛ちゃんは嬉しそうにそう言うと、コンビニの袋から取り出したおにぎりをもぐもぐと頬張った。

、、、なんだろうか、この違和感。

チラリと隣の山口くんをのぞき見る。いつも通りのシラッとした顔で、スタバの紙袋から何やらコジャレたサンドイッチを取り出しパクリと食べている。

あれか?お前の影響か?お前がなんか言ったのかっ!?と、頭の中では山口くんの胸ぐらを掴んでガクガクいわせている大人げない図を妄想しつつ、ニッコリ笑ってソファから立ち上がった。おじさん、大人だからね。実際にはやらんのよ。高校生男子の影響力に嫉妬とか、ありえないから。

「じゃ、ちょっと準備してくるわ。ゆっくり食べてていーからね。」
「はい!」
「んとね、そんなに、急がなくていーから。」

そうだよ、愛ちゃん。
そんなに急いで、何もかも乗り越えようとしなくていいから。

まだまだ君は、たくさん迷って、失敗して、落ち込んで、
ゆっくり立ち止まっていたっていい年頃だ。


そしてそれを見守るのが、大人の役目。でしょ?


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