ウミノアカリ | ナノ



37 迷子のご帰還。
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思った以上に戻るのが遅くなった。というのも、スタバで目当ての物を買った後、なぜだか帰り道を見失ってしまったのだ。それもこれも、このへんが似たようなビルばかりだからだ。きっとそうだ。

廊下から成田サンが入ってるはずの部屋の扉を覗くと(覗き窓がついているので、外からでも中が見える)、すでに録音が始まっているらしく、小さな頭には不釣り合いなほどゴツいヘッドホンをした後ろ姿が見えた。

と、なると、こっちの部屋に入るわけにはいかないよな。
なんとなく居辛いが、コントロールルームのソファに戻るか。

重たい遮音扉を開けると、「お疲れ様。とりあえず、プレイバック聴いてみて。」というピアノ講師の呼びかけに対し、スピーカーから『はい』と、成田サンの小さな返事が聞こえたところだった。

どうやらほとんど一発録りで録音が進んでいったらしく、すっかり厚みのあるストリングスがさっき聞いた音源に乗っかっていた。

「もう終わったんですか?」
「うーん、、、終わったっつか、なんつーか、、、」

難しい顔をしながらピアノ講師がポケットから煙草を取り出し、「ちょっと一服してきますー、、、」と言って部屋から出て行った。

「なに?やっぱり所詮素人じゃ無理だな、みたいな感じなわけ?」と、ソファに座っていたリコに声をかけると、「そうでもないわよ?優秀すぎて、このまま最後まで完成しそうな勢いだもの。」という返答が返ってきて拍子抜けする。なんだよ、さっきまでの悪態はどこいったよ?つか、上手くいってるってことか?

それなのにガラスの向こうには、ヘッドホンに手を当てて不安そうな顔でプレイバックを確認する成田サンが見える。

なんだなんだ?どうなってるんだ??

それ以降黙ってしまったリコになにやら重たい空気を感じて居づらさが増し、逃げるように廊下へ出たものの、ロビーで煙草を吸っていたピアノ講師に捕まった。

「おー、山口くん、おつかれー、、、さっき持ってたのは差し入れ?」
「オレら晩飯まだなんで。コンビニとかでいろいろ。」
「じゃあ、、、一旦休憩にすっかな?あ、スタジオ内は飲食禁止だからこっちで食べてね。」

ロビーのソファに寄りかかり、フーッと大きく煙草の煙を吐き出したその姿が、大きくため息をついたかのように見える。

「録音、上手くいかないんですか?」
「んー、、、上手くいってんだけど、いかんせんダサいんだよね。」
「彼女の演奏が?」
「いや、愛ちゃんは十分に及第点。ダサいのはアレンジ自体?」
「はあ?それは完全にあんたのせいじゃ、」
「そうそう俺のせい。というか大人の事情のせいっつか、、、あー、でもなー。」

なんだそれ。バカバカしい。
あんたらのせいで、こんな夜遅くまで付き合わされてるってのに、、、オレの身にもなってくれ。

「、、、とりあえず休憩ってことで、成田サン呼んできますんで。」
「うん。」

あまりに身勝手な言い草に憤慨しながらコントロール・ルームに買い出しした物を取りに戻ると、待ってましたとばかりにリコが話しかけてきた。

「秋田さん、なんか言ってた?」
「、、、ああ、すんげーダサいって悩んでたよ。自分のアレンジが、な。」
「あはは。そっちかー。」

笑い事じゃねーよ、と眉間にシワを寄せていると、コンソールをいじっていたスタッフ(確か、瀬野?とかいったっけ?)がクルリと振り向いて、「彼女が、テストで弾いてた曲はすごい良かったっす。」とボソリと言う。

「REC本番の彼女は、なんていうか、音程もリズムも恐ろしいほど正確で。まるで波形見ながら打ち込んだみたいな、、、」
「それの何がダメなんすか?」
「だって、それなら別に打ち込みでいいデショ?」
「ああ、、、なるほど。」
「アレンジが秀逸なら、正確に弾いてもらうだけでもいいんだけど、今回はあれだから。」
「演奏力でカバーして欲しいってことっすか?」
「うーん、、、そうっすね。できることなら。」

なんだそりゃ。

「彼女ならなんとかしてくれそうに思えたんすけどね。」と勝手なことをほざくスタッフを置き去りに、差し入れをぶら下げて成田サンのいる部屋に向かった。

どいつもこいつも、彼女にプラスアルファを求めすぎだ。こっちはまだ通常運転でもないような状況だというのに、、、及第点なら上等じゃねーか。この調子でさっさと終わらせて連れて帰ろう。そうしよう。

そんなことを思いつつドアを開けると、気配で気がついたのか、ヘッドホンを外して成田さんが振り向いた。

「おい、休憩にするって。」
「あ、そうなんだ、、、」
「とりあえず、なんか飲めば?」
「うん、、、でも、もうちょっと練習したい。」
「・・・・・。」

まったくの部外者で、素人であるオレの推測がどれだけ当たるのかはわからんが、彼女の生真面目さがどうも裏目に出ている気がする。ただ、それをうまく説明できるほど音楽に明るくないため、なんとももどかしい。くっそ、こんなことなら残るんじゃなかった、と軽く後悔をしていると、さっきも聞かれたばかりのフレーズが耳に入る。

「あの、、、秋田さん達、何か言ってた?」
「、、、ああ、すんごいダサいって。」
「う。」
「いや、あんたの演奏じゃなくて、アレンジが。」
「や、でも、わたしの演奏も良くないんだと思う、、、なんだろう?音程もリズムも悪くないはずなんだけど、、、」
「ああ、なんか正確過ぎて打ち込みみたいでダサいって、エンジニアの人が言ってたわ。」
「ええっ!瀬野さんまで、、、」

正確には違うけど、まあ、要約すればそんな内容だった気がするのでそのまま頷く。

「、、、やっぱりボツかな?わたし何も役に立たなかったかな?」
「演奏は十分に及第点だって言ってたぜ?悪いのは曲の方だろ?あんたが気に病むことじゃねーよ。」
「でも、、、何かもう少しできることがある気がして、、、」

はあ、、、やっぱりそうなるのかよ。

このまま日付が変わる前に帰れるかと思ったのに、どうにもそううまくはいかないらしい。ふと、ポケットに手を入れると、カサリと紙が手に触れる。ああ、そういえば、これ、、、

「とりあえずこれ。やるよ。」
「なに?これ??」

成田サンは、渡した四つ折りの紙を丁寧に広げていく。

「あ、、、これって、、、」
「そう。歌詞。もう読んだ?」
「まだ、、、だった。」
「イメージ絞るのに有効、なんだろ?」

問いかけに答えることなく、しばらくジッと紙を見つめていた成田サンが、突然叫んだ。

「あああああああ、もう!!なんだ、わたしバカだ!!」
「おい!急にでかい声出すなよっ!ビックリするじゃねーか!?」
「バカ過ぎて死にたい!!!」
「はあ?」
「わたし、いろいろ間違えてた。ありがとうヤマケンくん!」
「はあ、、、?そりゃ、どうも。」

なんだかよくわからんが、少しは役に立ったらしい。

急にテンションの高くなった見慣れない感じの成田サンを、「とりあえずなんか食おうぜ」となだめつつロビーに連れ出す。

店で温めてもらっていたのに、時間が立ってすっかり冷めてしまったシナモンロールを差し出すと、成田サンが「ああああ!」と、またでかい声を出した。

まったく、、、なんなんだ、ほんとに。
外から帰ってきてみたら、オレにはわけのわからないことだらけだ。


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