ウミノアカリ | ナノ



35 冷戦ソファ。
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キーボードを弾いては何やら譜面にガリガリと書き殴るピアノ講師の横には、その場にとてつもなく不似合いなセーラー服の小さな後ろ姿。

チラリと壁にかけてある時計を見れば、9:00pm。どうやらかなりスケジュールが厳しいようで、このままレコーディングに突入するらしい。もちろんこの時間からだ。徹夜作業になるのは間違いない。彼女の両親が不在なのをいいことに女子高生を朝まで働かせるなんて、本当に非常識な連中だ。何かあったらどうするつもりなんだ。

「で、山口くんはなんでまだいるのよ?」
「ああ?」

来た時から変わらずソファにどっかりと座り込んでいるオレの横に、何の断りもなく神崎リコが座ってきた。吉田優山に似ていると気がついてから、ますます苦手だ、この女。「近寄んなよ」という気持ちがたぶんモロに顔に出ているはずなのに、何の躊躇もせずに横に座ってくるあたり、逆に、まるで相手にされていないかのようで心底イラッとくる。

「あんたは、あそこに参加しなくていーのかよ?」
「もちろんよ。参加したところで、何の役にも立たないわ!」
「んだ、そりゃ。威張んな。」
「で、帰らないの?タクシー呼んだげよっか?」
「、、、いい。終わるまで付き合う。」
「ええっ?これ確実に朝までコースよ??」
「うるせーよ。いーから、オレに構うな。」

お前みたいな腹黒女のいる所に、一人で置いていけるかっ。

もちろん作業が朝までかかりそうだとわかった時点で、成田サンからも「一人で大丈夫だから、先に帰っててね。」と言われたけれども、すでに「終わるまで待ってる、終わったら家まで送る」と伝えてある。あのピアノ講師にも、だ。誰にも文句は言わせねえ。

「つか、あんた、さっきのどういうつもりだよ。」
「え?ああ、聞こえてたの。」
「成田サンが図太かったおかげでこういう状況に収まってるけど、本音では彼女を潰したかったわけ?」
「潰したかった、、、というかー、」
「なんだよ。」
「別に、どっちでも良かったのよ。あのくらいで凹むくらいだったら、勝手に潰れてればいいし。今回の曲に愛ちゃんが使えるんなら、使えるでラッキーだし。」
「自分で連れて来といて、酷い言い草だな。」
「単に彼女に興味があっただけ。秋田さんがあんまりご執心だからさ、どんなもんなのかなーって。ね?」

それだけ言うと、サイドテーブルにあるコーヒーメーカーから紙コップにコーヒーをついでオレに差し出す。「いらねーよ。」と断れば、少しムッとした顔で「嫌われたもんね」と足を組み替えた。

「は?あんたのどこに、オレに好かれる要素があんの?」
「うわー、言うー。愛ちゃんもこんな口の悪い男のどこがいいのかしらね?」
「あのピアノ講師はあんたみたいな性格の悪い女のどこがいいんだかなあ?」
「あら。わたし、秋田さんとはまだ、なんでもないわよ?」
「へえ、"まだ"ねえ。」
「今はね。」

ふふふと笑って、砂糖もミルクも入れずに真っ黒なコーヒーを啜る神崎リコを見ながら、こいつとあのピアノ講師がくっつくことはまずないと確信した。どう考えても、こいつよりも成田サンだろ!?「秋田さんはその子が好きみたい」と、複雑そうな顔で言っていた成田サンをふと思い出す。

良かったじゃん、楽勝だっつの。こんな腹黒い女、誰も選ばねえよ。

ソファの上でオレらがしょうもない攻防戦を繰り広げている間に、どうやらアレンジの方向性が決まったらしく、打ち合わせの円陣が崩れそれぞれの作業に移っていった。

ピアノ講師と何人かのスタッフは、その場で今の音源の編集。編集が終わるまでの間、成田サンは、書き上がった譜面を練習するといって、隣のレコーディング・ブースへ移動することになった。

「ヤマケンくん、どうしよう?このままこっちの部屋で待ってる??」
「いや、練習の邪魔にならないなら、そっちの部屋にオレも移動するわ。」
「あ、もちろん大丈夫。です。」
「出て左の部屋だろ?晩飯、外のコンビニで何か買ってから行くから先行ってて。成田サンは何がいい?」
「えっと、、、じゃ、何かおにぎりと、お茶を。あ、でも、肉まん、、、も捨てがたい。」
「ああ、まあ、適当に買い出ししとくわ。」
「あ、ありがとう、、、」

ててて、と小走りで去っていく後ろ姿を見つめていると、横でリコが「うわー、気持ち悪っ。わたしに話す時と、ずいぶん態度が違うじゃないよ。」と悪態をついたので、「オレは人を選ぶんだよ。」と答えておいた。

「あ、そういえば、」
「なによ?」
「、、、この曲、歌詞とかあんだよな?」
「そりゃ、あるわよ。わたしが歌うんだから。」
「よこせ。」
「は?」
「だから歌詞。持ってないのかよ?」
「え、えーと、コピーが何枚かそこいらへんに、、、」

リコは机の上に散らばっていた書類達の中から、A4の紙を一枚ピラリと抜き出すと、訝しげな顔をしながらもオレに渡した。

「なんで歌詞?」
「や、なんか、有効らしいから。」
「???」

受け取った紙を、四つ折りにしてポケットに突っ込むと、コントロールルームの重い扉を開け、ロビーを抜けて外に出る。当たり前だがすっかり夜だ。勢いでオレも付き合うとか言ってしまったけれども、どうすんだよこれから朝まで。つか、だいたい、本当に朝には終わるのか?

はあ、と大きくため息をつけば、吐く息は寒さのためすっかり白い。

コンビニに入り、適当に食い物と飲み物を見繕ってカゴに入れる。ああ、そうだ、暇つぶし用に雑誌も買っとこう。買い残したものはないかと、店内を見回っていたそのとき、パンの陳列棚にあったシナモンロールが目にとまった。

あれ?なんだっけ?成田サンとシナモンロールっていう組み合わせは、、、ああ、そうだ。最初に彼女と二人で話をしたとき、オレがおごってやったのがシナモンロールとソイラテ、だったわ。

ビニール袋にくるまれたシナモンロールを一度手に取り、しげしげと眺めてから棚に戻す。

近くにスタバあったっけ?あっちのが、断然うまそうだ。


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