34 似てるんだ。
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--- これ以上傷つくのが怖くなっちゃった?
成田サンにそう囁いてニッコリと笑った神崎リコの顔を見て、ようやく合点がいく。そうか、初めて会ったときから生理的に受け付けねえなあと思ってたけれども、あいつに似てるんだ。ちょっとゾッとするくらいに綺麗な顔、常に浮かべる笑顔の裏が読めないところなんてそっくりだ。ハルの兄貴。吉田優山に。
おまけに煽り文句まで一緒だなんて、本当にシャレになんねーな。
どういうつもりなのかは知らないが、こんな挑発に乗る必要はまったくない。なんとなく成り行きでこんな所までついて来てしまったが、彼女が今ここにいるのは半分以上オレの責任だ。しかも、あの女の前でピアノ講師に成田サンの現況報告をしてしまったことについても、引け目がある。とりあえず面倒事に巻き込まれる前に、連れて帰った方がいいだろう。
沈み込むように座っていたソファから身を抜き出し、うつ向いてフリーズしている成田サンに声をかける。
「おい。帰るぞ。」 「・・・・・。」 「おい、聞いてんのかよ。あんな挑発乗ることねえよ。あんたは、あんたのペースでやればいい。」
オレの言葉が届いたのか、うつ向いて息を殺すように黙りこんでいた成田サンが小さく息を吐いた。しかしスカートを握り締める手は、少し震えているようにみえる。
くっそ。
ストックホルムでのあの出来事を思い出す。あのときも、今も、オレが隣にいるってのに何もできないまま彼女を傷つけられた。言葉の剣でザックリと。
また、彼女が逃げるようにオレの目の前からいなくなるのを眺めているのか?一人で泣かせるのか??外界との繋がりを拒否して自分の殻に閉じこもり、薄目で世界を見なくちゃいけないような状態に、させるのか?また、オレの目の前で?
じょーだんじゃねーよ。
うつ向いた彼女の肩をグッと掴んで、耳元に口を寄せる。
「怖がらずに練習しておけば良かった、ってさっき言ってたよな?そんなもんは今からすればいいんだ。焦らなくていい、あんたならすぐに元の所に戻れる。」
スカートを掴んでいた手から、力が抜けた。あともう少し、何か彼女の力になるような言葉を、、、と、そう思ったとき、成田サンが小さく何かをつぶやいた。
「・・・く・・・ないよ。」 「え?」
顔を上げオレを見つめた彼女の目は凛としており、あのときのような涙は滲んでなかった。
「こわく、、、ない。わたしが今までやってきた努力は、そんなに簡単に崩れるほど安くない。」 「ああ。」 「ヤマケンくん、ありがとう。」
成田サンは「強気なくらいが、わたしらしいんだよね?」と、控えめに笑い、ソファから立ち上がって大人たちの輪に向かってゆっくりと歩いて行った。
その眼には、いつか見た、あの好戦的な眼差しが戻っている。
ああ、そうだった。 なんだかんだ言っても、成田サンは図太い。そんなん前から知ってることだ。自然と口元が緩んで自嘲的な笑みが浮かぶ。
怖がってるのは、未だに一歩も動けずにいるのは、
オレだけなんじゃないか?
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