ウミノアカリ | ナノ



31 上質なポップスと無精ヒゲ。
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スタジオに着いてすぐ、湧き上がる好奇心に負けてこんな所までついて来てしまったことを後悔した。というか正確には、秋田さんの顔を見てから後悔した。

そもそも初めて会ったときから今の今まで、わたしの中での秋田さんは、「小奇麗な優しいお兄さん」だった。

大体においてやる気のなさそうな顔をして、少し猫背ぎみだったりもするけれども、いつも煙草ばかり吸っていて胡散臭い雰囲気を醸しだしてはいるけれども、それでも服装はいつだって小奇麗でオシャレさんだし、柔らかい笑顔の優しいお兄さん。

のはず、なのに。


誰ですか!?このソファに横たわる、無精髭の、目の下クマだらけの、怖い顔したオッサンは!!


ここは、リコちゃんが所属しているレコード会社の持ちビル内にあるスタジオ。ロビーとかもあって、とっても綺麗だし、普通の貸しスタジオなんかとは比べ物にならないくらいの豪華な機材。

建物内に入り、うわー、レコーディングブースがいくつもある!カメラついてる!すっごーい!!と、浮き足立っていたのはコントロール・ルームに入るまでのほんのわずかな時間。

恐る恐る、「こんばんは、、、」と、秋田さんがいる部屋の遮音扉を開けると、飛び込んできたのは疲労困憊しきったスタッフの姿と、部屋の一番後ろにあるソファにバッタリと横たわったまま、音源をチェックする秋田さんの姿だった。

「んー、、、え!?は??愛ちゃん??」

焦点の合わない目つきのままこちらを見た秋田さんが、わたしたちに気がついてガバっと起き上がる。うわあああ、起きなくていいです!もう、瀕死の状態じゃないですか!!むしろすでに屍じゃないですか!!!

「ああああ、スミマセン!お仕事中に、本当にスミマセン!!お疲れのところ、えーと、あの、す、座っててくださいっっ。」
「いや、それはいいんだけど。え、、、と、でもなんで?」
「わたしが連れてきたのよ。さっき車の中から愛ちゃんと彼を見つけたもんだから。」
「おあ、ほんとだ。山口くんもいる。」
「どーも。」
「もう、仮ミックスまで終わってるんでしょ?」
「なんとか、ね。もう今回スケジュールがタイト過ぎて死ぬかと思った。」
「とりあえず、聴かせて?」

秋田さんはさっきまで自分が寝っ転がっていたソファをポンポンとはたくと、わたしとヤマケンくんに座るように促した。「あんまり構ってあげらんないけど、ゆっくり見てってね。」とニッコリ笑った顔は、いつもの秋田さんに見えたけれども、、、なんとも慣れない。その無精髭。

リコちゃんと、マネージャーさん?だかスタッフさんだか、一緒に車でやってきた人とが、コントロール・ルームのちょうど真ん中を陣取ったところで、秋田さんがコンソールを操作し始め、部屋中がシンとなる。

当たり前だけれども、みんな真剣。
そうだ、ここにいるのはみんな音楽を仕事にしている人たち。

ここは現場なんだ。

ソファに座る、場違いな高校生二人組をあっという間に圏外へほおり投げ、現場は緊張感に包まれていく。ピッピッピと三回鳴ったクリック音の後、スピーカーから響きだしたアップテンポなポップス。これが秋田さんがリコちゃんのために書いた曲かあ。もちろんジャンル的にはいつもとまるで違うけれども、メロディのそこかしこに散らばるブルーノートに秋田さんを感じる。

美しいメロディに胸の奥が妙に切ない気持ちになって、わたしは思わず膝に置いていた手でギュッと制服のスカートを握りしめた。

とてもいい曲だと、身内の欲目は一切ナシにそう思った。


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