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29 一日休むと三日分?
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というわけで。

中間試験は、サヤカとヤマケンくんという最高の講師陣によって無事に赤点ゼロで乗りきれた。(なんと、あの後、二回もヤマケンくんが放課後のドーナツ屋で勉強を教えてくれたのだ。なんだこの厚待遇は!死期が近いのか、わたしは!!)

そんなわけで、なんとか日本でのわたしの居場所が確保できたわけです。

そんな中、実技の授業があるため、ようやく開いた楽器ケース。
ものすごく久しぶりに感じる松脂の匂いにクラリときた後、震える手で触った木の感触は、以前と変わらず柔らかかった。

楽器の練習を一日休めば取り戻すのに三日かかると言われているのは有名な話で。
今まではそれがこわくて、楽器を持っていけない長期の旅行には極力行かないようにしていたりして、ここだけの話、中学の修学旅行なんかはコンクール前だったこともあって、「インフルエンザで休みます」と仮病を使った。今思い出すと、もうなんか、青春時代を棒に振りすぎじゃないか?

で、今回生まれてはじめて長いこと楽器に触れなかったわけだが、あれは本当でもあり、ウソでもあるんだなあと初めて知った。一ヶ月も休んだら、いったい元の感を取り戻すにはどれだけの膨大な時間が必要なんだ?と、恐ろしい気持ちでいたけれども、なんとも拍子抜けだ。

フィジカルの問題はもちろんある。楽器を弾くときに使う筋肉は普段の生活ではまったく使わない場所も多く、ようはそこが鈍る。なので、速いフレーズとかは面白いくらい弾けなくなっていたが、これは、なんというかいつまでも戻らないような類のものではなく、、、つまり、結論としてどうだったかというと、大して下手にはなっていなかったのだ。

所詮、わたしがその程度の実力だってことかもしれない。一日休むと三日〜ってのは、ものすごい初心者か、凄まじくシビアなレベルで演奏をしているプロの人に対してのみなんだろう。



「で?良かったじゃん。すぐに取り戻せそうなんだろ?」
「すぐにってほどでもないけど、、、まあ。それに、当たり前だけれども上手くもなってないの。一ヶ月間もあれば、わたしができたことはたくさんあったのに。」
「へえ。」
「怖がらずに、練習しておけば良かった。」
「、、、ま、そんくらい強気の方があんたらしくていーんじゃない?」

あれ。わたしって強気に思われてるのか。なんだか意外だ。

予備校帰りのヤマケンくんの隣を歩きながら、フーっと白い息を吐く。季節がすっかり冬っぽくなってきた。

「あ、そうだ。忘れないうちに、これ。」
「なにこれ?でかいな。」
「メールで言ってたお礼の品。えーと、、、夏にお世話になったヤマケンくんのお父さんの分もってことで、ご家族で召し上がってください。」

今日は赤点を免れたお礼をさせて欲しい!と頼み込んで、予備校帰りのヤマケンくんに美味しいと評判の焼き菓子の詰め合わせを渡しにきた。もうずいぶん前のことだけれども、山口先生にもお礼をしてなかったし。

「ふーん。こういうとき、女って手作りとかしたがるもんなのにな。」
「え!いや、、、ヤマケンくん手作りとか好きじゃなさそうだなあって、、、」
「ああ、まあ、何入ってるかわかんなくて気持ちわりいよな。手作りって。」
「(がーん!!!)だ、だよねー。あははー。」
「あ、べ、別に、あんた限定で言ってるわけじゃねーからな!?」
「う、うん、、、」
「それに、あんたのなら食ってやってもいい。まあ手先も器用そうだし。」
「えーと、、、ありがとう?」

ああ、完全に気を使われてるよ、わたし。
ヤマケンくんは優しいなあ、、、手作りの焼き菓子か。

クッキー、マフィン、マドレーヌ。
ブラウニーなんてのもいいな。

小麦粉、お砂糖、バターもたっぷり。
製菓用のチョコレートに、アーモンド、型は確か家にあったはず、、、

って、


彼に会うまで、ずっと重苦しい気分だったのに。
空白の一ヶ月を後悔したり、自分の実力を思い知ったり、わざわざ暗闇覗いちゃうようなことばかり考えていたのに。

今のわたしの頭の中はといえば、甘い焼き菓子のことばかり。

「ふふっ。」
「な、なんだよ、気持ちわりーな。」
「いやあ、なんでもないです!」
「はあ?」

わたしまだまだ頑張れそう、です。


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