26 夕焼けの意思。
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通常の授業が終わり、放課後、担任から職員室に呼び出された。
2年に学年が上がってから初めての学校。音楽科は元々クラスが一つなのでクラスメイトは見慣れた面々だったものの、当たり前だが教科書も持ってなければ、授業の内容もまったくわからない浦島太郎状態。
国語や英語はたぶんなんとかなる。あと、世界史なんかの記憶物も努力次第でなんとか追いつけそうな気がする。が、数学やら物理やら、元から苦手だった理系の科目は授業中に冷や汗が出るほどサッパリだった。
「音楽実技の方は心配ないとしても、、、来週の中間試験で赤点ばかりだったりするとちょっと、、、ねえ?せめてもう少し出席日数があればよかったんだけど。」 「はあ、、、」 「もう一度留学っていうことはないの?」 「今のところは、考えていません。」 「そう、、、まあ、あなたの成績ならたぶん大丈夫よ。」 「がんばります。」
本当に大丈夫なら、きっと呼び出しなんてされないよなあ。とりあえずお金の持ち合わせも少ないことだし、予習が必要な英語の教科書と、、、あとは数学だけでも買って帰るか。あああ、中間。来週まで、相当勉強しないとこれはまずいぞ。
ションボリと購買で教科書を買っていると、これから部活に行くらしいジャージ姿のサヤカが声をかけてきた。
「愛ー。まだ帰ってなかったの?もうヤマケンには電話した?」 「ああっ、しまった。忘れてた。」 「ちょっとー、しっかりしなさいよー。今がチャンスなんじゃないの?!」
、、、チャンス。かあ。
わたしには、チャンスだなんてとてもじゃないけれども思えない。あのプライドの塊のようなヤマケンくんが自分から女の子に告白するだなんてよっぽどのことだ。しかも、フラれるなんて。
他のバスケ部員が更衣室から雪崩れのように出てきてサヤカをさらっていくなか、手をふりながら考える。
フラれるとわかっていて告白したんだろうか? 水谷さんは、どうしてヤマケンくんじゃダメだったんだろう? ヤマケンくんは、、、まだ彼女のことが好きなんだろうか?
教室に戻り、買ったばかりの教科書を鞄にしまうと、使いなれないスマホを取り出してメールを作成する。
えーと、宛名は、や、やー、「山口賢二」くん、と。
件名は、、、「今、終わりました。」と。
本文は、どうしようか、、、えーと、 「今日は学校に行きました。 言われた通りで、出席日数がだいぶ足りてないようです。 来週の中間試験の結果次第では留年もありえるらしいので、 今からがんばって勉強するよ!いろいろ、どうもありがとう!」
どう、、、かな? もっと詳しく報告した方がいいのかな? いやいや、そんな、わたしの状況なんて興味ないよね。
何度も何度も読みなおして、悩みながら慣れない絵文字をちりばめて、少しでも明るい女子高生らしい感じのメールに、、、なっただろうか?な、なったよ、ね??
よし、送信だ。
うりゃ!!
とりあえず、ウジウジと考えていてもしょうがない。
今度はあんたから連絡してこいって、ヤマケンくんは、そう言ってくれた。 そもそも昨日会えたのは、偶然じゃない。会いにきてくれたんだ。そして、誰も触ろうとしなかったわたしの「影」を、見ないフリをせずにいてくれた。
チャンスかどうかはわからないけど、少なくとも前よりも彼を近くに感じている。 「おかえり」って、言ってくれたじゃないか。
ニアミスだけじゃなく、きちんと触れたいと。
自分の意思をもって触れたいと。
そんな贅沢な望みが、溢れ出て止まらない。
誰もいない夕方の教室は、西日というか、夕焼けで赤く染まっている。 でもたぶん、それを抜きにしても、今のわたしの顔は真っ赤だろう。
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