24 カウント4つで別世界。
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席を立ち、振り返りもせずに店から出て行く山口くんを目線だけで見送りながら、ふいーっと大きく煙を吐き出す。隣の席に戻ってから、ずっと黙ってアイスクリームを食べていたリコが、かちゃりとスプーンを置いた。
「ね、秋田さん。」 「ん?」 「さっきのさ、愛ちゃんのヴァイオリンって、そんなにすごいの?」 「んー?」 「だってあの金髪の子も秋田さんも、家族や恋人でもないくせに愛ちゃんにかなりご執心じゃない。」 「いやー、まあねえ、、、」 「だいたい、少なくともこの世界に二人は彼女の音楽を求めている人間がいるってことでしょ?どうしていじけてんのよ?贅沢なもんだわ。」 「うーん、そんな簡単な話でもないんだよ。」 「そうかしら?」
そう、こればっかりはどうしようもない。
音楽に限らず何かを表現する者にとっては、自分と向き合い過ぎてうっかり暗闇をのぞいてしまうなんてことは、日常茶飯事で。その暗闇は、他人の評価や応援ごときで浮上できるほど浅くない。
きっと、俺たちはこの先もずっと、こういうどうしようもない孤独や葛藤を抱えながら音楽を奏でていかなければならないんだろう。
「それがブルーズだからねえ。」 「え?」 「いやいや。俺、ちょっと、もう一曲弾いてくるわ。」
ちょうどキリよく演奏が終わったところだったので、すっかり酔っ払っている植田さんと辰巳さんを誘い、ステージに上がる。さっき演奏していた、ちょっと良い感じのテナー吹きにも声をかけ、
カウント4つで別世界だ。
なんともいえない愛しさや、もどかしさ、切なさ、そんなものを、 なるべく明るいメロディーに紛れ込ませていく。
さて。どうしたもんか。
俺としたことが、久しぶりに彼女会えたことに浮かれ、だいぶたくさんのことを見落としていたらしい。言われてみれば、驚くほど痩せていた。そしてなんだか俯瞰したような、現実感のない話し方をしていたように思える。 今、思えば、だけれども。
さっき、「愛ちゃんのヴァイオリンってそんなにすごいの?」とリコは聞いた。 すごい。と、少なくとも俺は思っている。
巧いだけの奏者なら、たくさんいる。ピッチが正確で、リズム感が抜群で、曲への理解力もあって、表現の幅も広くて?とかね。
だけれども、それだけじゃダメなんだ。その巧さを見せつけて、「どうよ、この技術力!」と言わんばかりのものでは、聴いてる方は覚めてしまうし、お上手ですなあと、褒められたいだけのプレイヤーにはなんの魅力もないわけで。
彼女も確かな技術力に裏打ちされた技巧派プレイヤーではあるけれども、そういうレベルのものではない。惚れた弱みの色眼鏡なんかじゃなくて、音楽家としての誇りにかけても彼女の音楽はすごいと、言える。というか、そもそも、俺は彼女の音楽に惚れているのかもしれない。
だからさ、無くすわけにはいかないんだよ。
しっかし山口くんは、冷静によく見てる。
俺とのことを勘違いしていたくらいだし、あの感じだと、今のところ愛ちゃんに対して恋愛感情はないのかもしれないけれども。それでも、ああやって彼女に手を差し伸べているのだから、何かしらの感情があるのだろう。
何も恐れることなく、無遠慮なくらい真っ直ぐに彼女の内部に切り込んでいくあの若さを、忌々しくも思うし、少しうらやましくも思う。
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