ウミノアカリ | ナノ



23 炭酸水しゅわり。
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話せるだけ話して、というか心の内を吐き出させて、少しスッキリした様子の成田サンをバス停まで送った後、もう一度マップと格闘しながら店の前まで戻る。

ビニール傘をたたんで店のドアを開けると、雑多な音の洪水と煙草の匂い。一瞬フラッシュバックのように、半年前のピアノと戯れる成田サンの姿が思い出されて、なんというか、頼りないような情けないようなフクザツな心境になった。

あんな彼女を、もう一度見れるだろうか?

凛とした横顔、口元にはなんとも言えない微笑みを浮かべ、その小さな指先が踊るように鍵盤をなでて華やかな音楽を奏でていく。「戦わなければ勝ちにもいけない」だなんて、いけしゃあしゃあと言いのけるどこまでも好戦的な茶色い瞳。

普段の気の弱そうな可愛らしい彼女も悪くないけれど、最初に音女の学祭で見た時から、オレの中での成田サンは、音楽の人だ。これから先も、できればそうであって欲しい。

そんなことをぼんやりと思いながら店の奥に進んでいくと、隅のテーブル席に、えらく綺麗な若い女の隣で、つまらなそうに煙草の煙を天井に向かって吐き出しているピアノ講師を見つけた。

うわ。隣にいるの、本当に神崎リコかよ。さっき成田サンから話を聞いていたときには同姓同名?それとも聞き間違い?などと思っていたけれども、本当に芸能人はべらしてやがる、あのオッサン。

成田サン曰く、「秋田さんはその子が好きみたい」だそうだが、いったいどういうつもりなんだ?成田サンが海外行ってる間に心変わりか??彼女の不調は、そもそもこいつのせいだったりすんじゃねーの??

無言のままピアノ講師の前まで歩いて行くと、先に、神崎リコがこちらに気がついて小首をかしげる。正面から見てみると、ちょっとゾッとするくらいの美人だ。まあ、こんなんが自分の好きな男と一緒にいたら、女としては凹むよな。成田サンだって一般人の中に限れば可愛い方だと思うけれども、芸能人ともなると、やはりレベルが違う。よくわからないオーラというか、プレッシャーみたいなのが半端ねえ。

とりあえずそんなんで怯むのもシャクなので、先手必勝、「別に、あんたに用があるわけじゃねーよ。」とこちらをジッと伺う神崎リコに言い放つ。と、そこでようやくピアノ講師がオレに気がついた。

「あ、山口くん。」
「どーも。」
「えーと、、、座る?」

勧められた椅子にどかっと腰をかけると、ピアノ講師は神崎リコに向かって、「悪いんだけどさ、水もらってきてくれる?炭酸入ってるやつ。」と微笑んだ。



二人っきりになってしばらく無言のままでいると、ピアノ講師は短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草に火をつけてから喋り出した。

「さっき、愛ちゃんが来てたんだけど、、、関係ある?」
「そーっすね。オレもさっき、ストックホルム以来初めて彼女に会いました。」
「あれ。てっきり、もっと早くに連絡取ってるかと、、、えーと、元気そうだった、よね。」
「はあ??」
「え?」

まるで見当はずれなことを言い出した目の前の男にイラッときて、ついつい語尾が荒くなる。

「おい、成田サンはあんたの生徒だろ?新しい女ができたからポイか?」
「え、ちょっと、」
「あんなに痩せて、学校にも行けない、楽器も弾けない、そんな状態で元気も何もねーだろうが。」
「、、、ちょ、ちょっと待って。」
「何がだよ!!」

ピアノ講師は、焦った様子でつけたばかりの煙草の火を消し、椅子に浅く座り直すと身を乗り出した。

「えーと、まずさ、新しい女って誰よ?リコのこと?愛ちゃんもさっき妙な勘違いしてたみたいだけれど、」
「ふん。違うってのかよ。」
「まったく違う!断じて違うし今後も100パーあり得ない。」
「・・・・・」
「で、まだ楽器弾いてないって、本当?」
「はあ?あんた、さっき会ったんだろ?なんで自分の耳で聞いてねーんだよ。」
「そんな話をする前に帰っちゃったんだよ!」
「だから、それは、あんたがあんな女はべらしてるからだろーが!?」
「だーかーらー、リコはそういうんじゃないから!しかも、俺と愛ちゃんだって、そんなことを気にされるような関係じゃねーっつの!!」
「・・・・・」

ふうん?


へー。そう。

まだ、そんな感じなわけね。


「ちょっと、、、山口くん、何その顔。」
「別に。なんでもねーっすよ。」
「ったく、愛ちゃんといい、キミといい、、、」
「成田サン的には、あんたが神崎リコのことを狙ってるくらいの認識だったけどな。」
「あー、そんな感じだったよね。帰り際に言ってたわ、それっぽいこと。」
「誤解されるようなことしてる方が悪いんじゃないすかね?」
「キミらみたいな子供に言われたくないっての。しかも、俺なんて勘違いしちゃって、もう、目も当てられなかったんだから、、、」
「ま、オレにはどーでもいいことっすけどね。」

ちょうどそこで、神崎リコが手にライムの入った炭酸水を持って戻ってきた。
ありがとね、とかなんとか礼を言ってグラスを受け取ると、オレに向き直って真剣な顔で口を開く。

「で、彼女の話。どこまで聞いた?」


オレにはわからないことも、たぶんこの男だったらわかるはず。
悔しいような気がしないでもないけれども、こればっかりはしょうがない。餅は餅屋だ。

さっき彼女から聞いた話を、なるべくオレの主観は抜きにしてフラットな状態で伝えると、「学校に戻らせるのはオレがやるんで、後はお願いします」、と、形ばかり頭を下げて席を立った。

とりあえず、オレが今日できることは、これで全部。だ。


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