21 僕たちの内部の凍結した海を砕く斧は
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メールの送信を終えて、ふと携帯から横に目線を落とすと男物の革靴があり、いつの間に隣に人が?と見あげれば、わたしを静かに見下ろすヤマケンくんがそこにいた。
「!?」 「よお。」
な、な、な、な、なんで!?
確かわたしは急に降りだした雨を避け、店の軒下で雨宿りをしながら慣れないスマホでメールを打っていて、それで、それで、、、ええええ!?
「何やってんの、あんた。」 「え?あ、あの、その、、、雨宿り?」 「んなこたわかってんだよ。」 「あの、、、」
久しぶりに会ったヤマケンくんは、なんだかいつも以上に機嫌が悪く、怒っているように見えた。
、、、隣にいるのになかなか気が付かなかったことを、、、怒ってるのかな?実はさっきから声かけられてたとか??それとも、、、ストックホルムで逃げ出すようにして目の前からいなくなったことを、怒っているんだろうか。わからない。わからないよう!!
よし。こういう時にはとりあえず謝罪!全力で謝るしかない!!
「あの、、、ゴメンナサイ!」 「はあ!?」
うわあ、選択を誤ったっぽい!余計に怒らせた!!
もう、どうしたらいいのかわからずビクビクと怯えていると、ヤマケンくんがハーッとため息をついてこちらをジッと見る。
う、、、こわい。
「で、学校は?」 「え、ヤマケンくん、今日は日曜日だよ?」 「違う!そーいうことじゃなくて!!」 「ううあああ、ゴメンナサイ!」 「だからなんでオレに謝んだよ!?」
だって、だって、それはヤマケンくんが怒ってるからじゃないか! というか、なんで学校に行ってないことがバレているんだろう。
「あの、、、」 「おい、いいか。とりあえず明日から学校に行け。」 「ええっ!?」 「返事!!」 「は、はいっ。」 「前にも言ったろーが。高校くらいは出とけ。つぶしがきかなくなるから。」 「あ、はい、、、」 「だいたいなあ、海外留学っていう錦の御旗があるから音女での籍が確保されてたんだろーが?日本に戻ってきてる今となっては、あんたは単なる登校拒否児。高校は義務教育じゃねーんだ。単位が取れなきゃ、退学。わかってんの?」 「・・・・・」 「返事は!?」 「はいっ!!」
うううう。なんで、なんで久しぶりの再会だってのに、わたしは頭ごなしに説教されてるんだろうか。もっと、こう、なんか他にありそうなもんなのに。いろいろ言いたいことがあるような気もするし、こうやって有無をいわさず説教されているという行為が心地よかったりする気もするし、なんだか、もう訳がわからない。
でも、彼がさっきから言ってるのは、至極まっとうな正論だ。 今まで誰にも面と向かって言われなかったのが不思議なくらいに。
「あと、」 「はいいっ!」 「携帯、貸せ。」
言われるがままに携帯を渡すと、何やら番号を入れてワンコール。ヤマケンくんのポケットから振動音がして、彼の電話にかけたということに気がつく。液晶画面に映った「山口賢二」という表示を見て、ヤマケンくんが「なんだ。オレの番号入ってんじゃん。」と呟いた。
「あ、うん。前の携帯からデータ移してあるから、、、」 「じゃ、明日。学校に行ったら放課後にメールして。」 「え?」 「今度はあんたから連絡してこい。いーな。」
ほらよ、と戻された携帯を胸に抱き、これはいったいどういうことなんだろうか?と考える。
えーと、、、学校にきちんと行ったかどうかの報告をしろ、ということ? というか、なんでヤマケンくんがこんなにわたしのことを気にしているんだろうか?サヤカに頼まれた、とかかな?
「あと、」 「う、うん。」 「あんた、何、そんな平気そうな顔してんの?」 「え、、、」 「大丈夫じゃねーときは、大丈夫じゃないって顔しとけよ。」
ああ。
、、、ダメだよヤマケンくん。
もちろん自分でもわかってた。わたし、明らかに大丈夫じゃない。
でも、それを認めてしまったら、わたしはもっとダメになる。だからなるべくボーっとして、考えないようにして、半分目を閉じて、薄目で毎日を暮らしていたんだ。そんな不自然なことがどこまで続けられるかなんて、そんなことすら考えたくもなかった。
周りの優しい人たちに甘えて、ただただ、ぼやけた景色を一人で眺めていたんだ。
視界がクリアになる。
いつものブスッとした顔のまま彼が「おかえり」と呟いたので、 わたしは泣きながら「ただいま」と言った。
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