ウミノアカリ | ナノ



19 間違い電話。
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「なあなあ、さっきから何見てんの?」

いつもの店でドリンク片手に携帯をいじっていると、トミオがひょいっと覗き込んできた。

「なにそれ?どっかの店??」
「ちげーよ。つか、人の携帯見んな。」

画面を切り替えるまでのほんの数秒間、映った080でも090でもない番号にトミオは訝しげな表情を浮かべたものの、特にそれ以上深く追求する気はないようだった。

自宅、、、やっぱハードル高けえな。

いつの間にやら季節はもう秋。夏の終わりに渡された成田サンの連絡先を、とりあえず携帯に登録してはみたものの未だにかけられずにいるわけで。携帯じゃなくて家電ってとこに、ついつい水谷サンちに電話をかけた日々の悪夢がよみがえる。そもそも、なんでオレがあの女の様子を伺わなきゃなんねーんだよ。なんなんだあのピアノ講師。いったい何考えてんだ?わりーけど、当て馬になる気はさらさらないからな!

それにここは、はっきり言ってシカトするべき場面だ。わざわざ鬱ってる女(登校拒否に楽器放棄なんてどう考えてもヤバイに決まってる)のご機嫌伺いをするなんて、オレのガラじゃねえ。

それでも、

ストックホルムで最後に見た、走り去る彼女の小さな背中が、脳裏に焼き付いて離れない。

海外にまで及んだ異常な遭遇率もあの日を最後に効力を失ったらしく、あれから季節が変わったというのに彼女に会うことは一度もなかった。といっても、オレが髪を切りに行ったその日に、彼女も兄貴のところに来ていたということなので、ニアミスっちゃ、ニアミス?

まあ、本人の顔が見れないんじゃ、なんの意味もねえけどな。

「、、、クッソ、めんどくせえ。」
「ん?ヤマケンなんか言ったかあ?」
「なんでもねーよ。オレ、用事思い出したから帰るわ。」

ガタンと乱暴に席を立つと、ポカンとする三人を置き去りに、カバンを掴んで店の外へ出た。

一ヶ月近く思い悩んでいたわりに、決心さえしてしまえばなんてことはない。ここは一つ、さっさと連絡してこのモヤモヤとはおさらばだ。

ほんっとにあの女、なんだかんだと面倒ばっかかけやがって。つか、意外とあっさり立ち直って普通の顔して学校行ってたりすんじゃねーだろうなあ?とりあえず、こういうときはあれだ。問題解決の基本は情報収集?

少し肌寒い夜の街を歩きながら、携帯の画面をスクロールさせサヤカの番号を呼び出す。そういや、番号を聞いてはいたものの、かけるのは初めてかもしれない。呼び出し音が鳴り響き、5コールほどで「もしもし?」という明らかに困惑した声の返答が聞こえた。向こうの画面にはオレの名前が出てるだろうに、まったく失礼な女だ。

「、、、よお。」
『ええ!?やっぱり、ヤマケン?』
「ああ。」
『どしたのよ急に。』
「あー、、、別に?」
『はあ?別にって何、、、あ、なに、もしかして間違い電話?やめてよねー、どこの女と間違えてんのよ。』

あまり深く考えずに勢いで電話をしてしまったものの、どう切り出す?成田サン、学校に来てる?とか??うわっ、なんだその不自然な質問。

次の一手を思い倦ねていると、思い出したかのようにサヤカが話を切り出した。

『あ、そういえばね、』
「あ?」
『愛がさ、日本に帰ってきてるんだ。』
「、、、知ってる。成田サンとこのピアノ講師に聞いた。」
『え!?秋田さんに??なんで???』
「なんでも何も、たまたま偶然会っただけだっての。」
『そっか、、、』

とりあえず、勝手に向こうが本題に入ってくれたので有り難く乗っかることにする。

「何にしろ、帰ってきて良かったじゃん。相変わらず二人でつるんでんのかよ?」
『えっと、、、』

軽い気持ちで言及したつもりだったが、続きを言い淀んだサヤカの声が曇ったことでなんとなく察してしまう。あーあー、マジでめんどくせえ。

『ちょっといろいろあるみたいで、まだ、学校には復学してないから、、、なかなか会えてなくって。』
「へえ。」

なんだよそれ。ああ、本当に、いよいよめんどくせえ。

「、、、ちょっと用事思い出したから切るわ。またな。」
『はあ!?何よそれ!ちょっとはわたしの話を聞いてあげようとか、ないわけ?マジでムカツくんですけどっ!?』
「、、、オレが聞いてやってもいいけどさ、あんたには他にも話聞いてくれそうなヤツいそーだから。」
『は?』
「じゃ、切るぞ。」

たぶん、成田サンには、それがいない。

半年前の土砂降りの雨の中、「どうしよう?」という訳の分からないメールを、仲の良い友人ではなくオレに送ってきたくらいだ。きっと、少し距離がある相手のほうが本音を言いやすいタイプなんだろう。まったく、どこまでもめんどくさくて根暗な女だ。

さて。

携帯の画面を再度スクロールさせ、例の番号を呼び出す。3コールで出たのは、落ち着いた母親らしき声の女性だった。

「あ、もしもし、山口と申しますが、愛サンはご在宅でしょうか?」


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