01 お医者さまはいませんか?
=====================
夏休みも半ば過ぎ。 毎年恒例の夏の家族旅行のために、もう何時間も飛行機に乗っているわけだが、そこそこのクラスとはいえ、さすがに北欧までは遠くいいかげん身体中が痛い。というか、この歳で家族旅行なんてダルすぎる。せめて乗り継ぎ無しの直行便であればまだ寝てられそうなものを、コペンハーゲンでの乗り換えのおかげですっかり目が覚めてしまった。今年の目的地はスウェーデンだそうな。
くあっとアクビをかみ殺し、隣で爆睡しているバカ妹のずり落ちたブランケットをかけ直すと、前の方の座席から小さな叫び声が聞こえ、周囲がザワザワと騒ぎ出した。
ドイツ語で何かを叫ぶ女の声。若い声だ。たぶんまだ少女。 しばらくして、それがフランス語になり、英語になったところでようやく内容がわかった。どうやら、前の方で少女の連れが倒れたらしく、医者が乗り合わせていないか探しているらしい。
「ちょっと、あなた起きて!"医者はいないか?"ですってよ。」 「ん?ああ、わかってるよ。」 「起きてるんじゃないですか、もう!」 「いやー、でも、あれきっとドイツ人だろ?フランス語と英語がたどたどしかったし。苦手なんだよなあドイツ語。英語すらおぼつかないしなあ。」 「何言ってるんですか!そんなことは、とりあえず様子を見に行ってから考えてください!!」
そんな両親のやり取りを聞きながら周りを見渡すと、前の席に移動するような人影は見えず。どうやら他に医者はいないようだ。
そのとき、ひと際大きな声で少女が叫んだ。「スミマセン!お医者様は、お医者様はいらっしゃいませんか!?」
「ちょっ、あなた!日本語!!もう文句はないでしょ!!!」 「お、おお。ちょっと行ってくる。」
さっきまで深々と座席にもたれていたせいで後頭部の髪がはねたままの親父は、いそいそとシートベルトをはずすと、かけていたブランケットを母さんに渡す。キャビンアテンダントに「わたしが診ましょう。」と英語で声をかけた後に、座席の上の共用収納棚を指差して「おい賢二、俺の鞄取って持ってきてくれ。」と言い残すと前の座席へと歩いていった。
少し背伸びをして収納棚の奥に収まっていた鞄を取り出しながら、さっきの声を思い出す。なんか、なんか聞き覚えがあるような。誰だ?
声まで覚えているような女の知り合いなんてあんまりいねえんだけどな。そんなことを考えながら、機内を移動して騒ぎの中心へと向かう。
嘘だ。たぶんわかってた。 最初に声を聞いた時から。
狭い通路に跪いて病人の脈を測る親父の後ろに真っ青な顔をして立っていたのは、半年ぶりに見る成田愛。
遠く日本を離れたヨーロッパの、しかも上空何千メートルかで再会するだなんて、普通なら考えられないことだけれども、不思議なことにあまり驚きはなかった。
prev next
back
|