18 育てません。
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店の裏手の駐車場に車を止めて店内に入ると、すぐにステージからお呼びがかかった。メンツもいいし、曲も好きな曲だったので二つ返事でステージに上がったわけだが、、、演奏が終わって、ようやく一息つこうかと客席に戻ると、そこには見慣れたおっさん連中の中にチョコンと座る愛ちゃんの姿。思わずくわえていた煙草を落としそうになる。
「秋田さん、お久しぶりです。えーと、あの、、、帰ってきちゃいました。」
少し困ったような顔をして笑う愛ちゃんに、なんと声をかけたらいいのやら迷っていると、横からリコがシャツの裾をくいくいと引っ張った。
「ん?」 「秋田さんの生徒さん?とか??」 「あ、えっと、そうそう。今はちょっとお休み中なんだけど、ピアノを教えてる成田愛ちゃん。」 「わたし、リコ。よろしくね!」 「え?あ、はい!」
テーブルの上の灰皿にギュッと煙草を押し付けると、ペコリとリコに頭を下げた愛ちゃんの横の席をさり気なくキープ。とりあえず「ビックリしたー。つか、帰ってることなんで言ってくれなかったのさ。」と冗談めかして文句を言うと(まあ、かなり本気なんだけど)、真顔で「え?お母さんが駅前で会って話したって、、、」と返された。
おおお、そうきたか。お母さんに聞いてるだろうから、自分では連絡してこなかったと?そういうわけ?なんなのそれ!成田!!お前の妹、やっぱり薄情過ぎるぞ、教育しとけっ!!!
とりあえず、不謹慎にも、もっと廃人のようになった愛ちゃんを想像していたので、意外と元気そうで安心した。でも、少し痩せたかな?半年しか経っていないというのに、少し大人びたような気もする。
「成田と最近よく仕事で会ったりしてさ、そっちからも帰国してることは聞いてたんだけどもね。」 「そうだったんですか。直接報告する機会をすっかり逃しちゃって、、、でも、今日は偶然来れて良かったです。演奏も聴けたし。」 「俺らが連れてきたんだぞー。」 「そうだぞー。なんかオゴレー。」 「あー、はいはい。二人ともなんでもう酔っ払ってるんすか?演奏する気ないでしょ?」
酔っぱらいのおっさん二人を適当にあしらいつつ、会ったら話したいことがたくさんあったはずなのに、なんと声をかけていいのかそれ以降の話題がないことに焦る。というか、そんなことに焦ってる自分に焦るわ。なんだ、俺。大丈夫か、おい。
水面下でそんな考えを思い巡らせている俺の気も知らず、目の前ではリコと愛ちゃんの女子高生ペアが、何やらゴニョゴニョと話をしては盛り上がっている様子。まあきっと、一方的にリコが喋って、相槌を打ってるだけなんだろうけど。
それにしてもなんだよ。本当に普通じゃん。心配して損した。つか、もう立ち直ったってこと?あれか?山口くんか!?そうなのか!!やっぱり若者は若者同士ってことか!?くっそー、なんだよ、意外と俺が電話しても良かったんじゃ?って、違う違うそうじゃなくて、一番不安なのは、一番大事なのは、、、
楽器は弾いてる?
君の音楽は、今でもちゃんと君の中に鳴っている??
ひとしきりリコとの話が終わったのか、申し訳程度に残っていたジンジャーエールを飲み干すと、愛ちゃんが席を立った。
「実は、お使いの途中なんです。秋田さんにも会えたし、これで失礼します。」 「「え!もう帰っちゃうの!?」」
明らかにガックリしている酔っぱらいを押しのけ、とりあえず出口まで送るよ、と、ようやく声をかけることができた。
無言のまま人ごみをかき分けて出口にたどり着く。愛ちゃんを通した後、自分も一旦外に出て店の扉を閉めると、音楽が止んで、街の喧騒だけが耳につくようになった。こうして彼女の頭を見下ろすのも久しぶりだなあと、感慨深い気持ちに浸っていると、上を見上げた愛ちゃんが口を開いた。
「そういえば、秋田さんは、」 「ん?なに?」 「女子高生は恋愛対象になるんですか?」
は?
え??
「ど、ど、ど、どういう!?ええっ!??」 「あ、いや、ゴメンナサイ、さっき植田さん達と話をしてて、ちょっと気になっただけで、あの、、、」
ど、ど、ど、どういうこと!?なんつー話をしてんのあの酔っぱらいたちは!!愛ちゃんにいったい何を吹き込んだ!? というか、この半年の間になんの心変わり!?確か、俺なんてまったく眼中になかったよね?そーだよね??会えない時間が愛育てちゃったわけ?マジですか??
「あ、、、ほら、こういうのは歳の差の問題じゃないからさ、女子高生だろうがなんだろうが、関係ないと思うんだけど、、、ねえ?」
って、うわー、何この、言い訳臭い言い回し。もっとスマートに返事はできねーの俺、、、って、あれ?愛ちゃん、なんでそんな神妙な顔??
「、、、職権濫用だけは、よくないと思います。」
そう言い残して、愛ちゃんは夜の街の人波に消えていった。
え?
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